はは。母。子宮。羊水。壷。ミチ。満ちて。 母さん。ああ、母さん。俺を産んでくれた、母さん。 膣から、卵管、子宮から、産道。長い旅をして、この世に生まれた俺。 そう俺。俺は、今、この瞬間、子を産みたい。俺の一番大切な人、セフィロスの子を産みたい。 セフィロスの精子を受けて、俺の中で大事に育んで、産み落とされる新たな命。 それはセフィロスの遺伝子を受け継いでいて、きっとセフィロスに似ていて、 セフィロスの命を永遠に伝えていくもの。ああどうか、俺に、 セフィロスの子を産ませてください。セフィロスの命を、未来に繋げさせてください。 |
俺の、俺のカラダ。体脂肪率が低くて、丸みなんか全然ない、筋肉質のカラダ。
胸は平べったくて、乳首は小さくて。中心には余計なモノがついてる。
ちがう、俺が欲しいのはそれじゃない。こんな肉塊なんかいらない。
欲しいのは、俺が欲しいのは、彼の愛しい砲身を受け入れる空間。
彼の精子を受け入れる空間。何で!?何で俺には無いの?挿れる場所はある、
だけど結局はまがい物。俺の肛門は頭が悪くて、
せっかくセフィロスのきれいな精子をもらっても、ただ吐き出すことしかできない。
あの気持ちの悪いどろりとした排出感とともに、
彼の精子は俺に汚されてむなしく出てくるだけ。 |
落ちる 落ちていく どんなに変えたくても変えられない、性別という名の厚い壁。 絶望は絶え間ない悲しみを生んだ。 それはまず涙という比較的わかりやすい形で俺の身に現れた。 家に帰った俺の顔を見てセフィロスはかなり驚いたようだった。 無理もない、俺は一体どのような顔をしていたのだろう。 それでもセフィロスは敢えて理由を聞くこともせず、 おかえりって言ってやさしく抱きしめてくれて、髪を何度も梳いてくれて、 あやすようなキスをいくつもくれて。だけどそれらは俺の悲しみを助長するものでしかなくて、 俺はただ泣き続けた。泣いて泣いて、 体中の水分が全部流れていってしまうんじゃないかってくらい泣いて、 次第に何がそんなに悲しいのかもわからなくなってしまって、 泣くこととまどろむことを交互に繰り返して、眠れたのかすら俺にはよくわからなかった。 そしてたぶんその翌朝から、俺の身体は鉛のように重くなっていた。 目を覚ました俺は、ただ目を開けているだけの存在だった。 セフィロスが何を言っているのか、よくわからないが、俺は話しかけられても、 身体をゆすられても、ぴくりとも動くことができなかった。 動くことも、話すこともただひたすら億劫で、 心には灰色の重金属がびっしりと埋まって重く重く、 しゃべることも考えることもうざったくて、 なのにセフィロスを悲しませている俺が嫌でしょうがなくて、 ただひたすらに涙を流し続けていた。 このような状態が何日も続いて、俺は食事や睡眠すら満足にとれなくて、 こんな俺を、セフィロスは極力自分の手で助けたかったに違いない。 しかし彼は聡く、自己の限界もよくわきまえていた。 それに俺の症状には過去に見覚えがあったらしい。 それが俺を「宮津神経科精神科医院」とやらに連れて行く結果となったようだった。 わらうことも おもうことすら もうやめてしまいたくて その黒髪の医者は意外と若く、丸顔のひとなつっこそうな笑顔をこちらに向けた。 胸のプレートには『Zachriah Miyatsu』と書かれていた。 その名前は懐かしい人を思い出させて、俺はわずかに複雑だった。 「精神科っていうと重く考えがちだけど、最近はちょっと食欲がないとか ちょっと眠れないとかで来る患者さんが多いんだ。だからそんなに緊張する必要はないよ」 先ほど俺が受けた問診の紙を見ながらその医者は優しく語りかけた。 患者には皆等しくその笑みを向けるのだろう。 「ちょっとエネルギーが足りてないみたいだね。 もともとあるエネルギーの多くが悲しむこと、泣くことに割かれてしまって、 他の場所のエネルギーが足りなくなってしまってる。 君の悲しみを直接取り除くことはできないけど、 エネルギーを補給することはできる。薬をいくつか出すから、飲んで、 しばらく様子を見よう」 よくしゃべる医者だった。俺がひとことふたことつぶやくと、 その10倍もの量を返してくる。しかしカウンセリングのようなことをされるのかと 思っていた俺は少々拍子抜けしつつ、診察カードと処方箋を受け取って診察室を出た。 「どうだったか?」 診察室の前で待っていたセフィロスがこちらに気づいて歩み寄ってくる。 俺は力の入らない顔の周りの筋肉を無理やり動かして言葉を紡いだ。 「エネルギー……足りないんだって。泣きすぎて……」 我ながら情けないほどの力のなさに、自嘲しようと思ってもそれすら億劫で、 無表情に戻ってしまう。セフィロスは少し悲しそうにそれを見て、言った。 「それでもオレはお前のことが大好きだから」 15人に1人は、一生のうちに発症するものらしい。 だがこの際俺が15人のうちのひとりになってしまったことは大して悲観すべき問題ではない。 数年前だか数十年前だかに精神分裂を起こした俺が言うのも何だが、 ただ心の弱さやもろさが要因ではないことが救いといえば救いだった。 何にせよ俺たちは目の前に立ちはだかる 「鬱病」という難解なものに向き合う機会を与えられた。 俺は心の持ちようでなんとかなると思っていて、 だからこそセフィロスが有無を言わさず病院へ俺を連れて行ったのを 少々大仰におもったのだが、生憎この病に有効なのは慰めや励ましや気の持ちようではなく、 ただ薬と休養だけだった。幸いにも俺たちは会社勤めとは縁のない、 時折モンスターと戦って小金を稼ぐ身、休もうと思えば休めるのだ。 俺はこの際無職の特権をこれ以上なく活用し日がな一日力の入らない身体を持て余しながら ベッドの住人になっていた。おおかたの家事は彼がやってくれたから おかげで俺はのたれ死ぬことなく生きながらえている。 セフィロスは以前よりわずかに勤勉になった、 これは俺が一見怠惰とも言える生活をした裏返しであるかのようにも思えた。 しかし相変わらずな点もある、セフィロスは変わらず毎日のように俺を抱く。 以前と違うのは俺が動けないから騎乗位をしなくなったことくらいだ。 相変わらずセフィロスは正常位を好む。めったにバックからはしない、 どうして、と一度尋ねたことがあった。 顔が見えないのは不安だと言ったセフィロスは真剣とも冗談ともつかない変な顔をしていた。 何が不安なんだか。あるいは俺に対してすら吐き出すことのできない不安を セフィロスは性欲という形で発散させているのかもしれない。 「何、考えて、る?」 セフィロス自身の太い肉塊に貫かれながら、 下半身からせりあがってくる強い快感にむせびながら、 セフィロスの言葉に呼び戻されるまで俺の意識は宇宙のかなたにあった。 目じりに口付けを落とされてそこでようやく自分が泣いていたことに気がついた。 「ごめん……ごめんなさい」 よりによってセックスの最中に考え事をしてしまうなんて。 俺はひどく申し訳なくて、母親に叱られた子供のように謝っては新しい涙を流した。 セフィロスは俺を責めるわけでもなく、一旦腰の動きを止めて、 俺の顔をぺろぺろ舐めて、合間合間に俺の名を呼んだ。 セフィロスの優しさが俺にはいっそうこたえた。 セフィロスの口から発せられる「クラウド」、いくつもの「クラウド」。 それは針のように俺のこころに落ちて刺さる、 落ちた場所からはぷつぷつと血がにじみたまらない疼痛に俺はさらに涙を落とす。 ねえセフィロス、俺はクラウドになんかなりたくないんだよ。ほんとうは。 だって俺には、子供が産めない。俺がなりたいのは、綺麗で、優しくて、 思いやりのある女性。こんな役に立たない身体は嫌だ。俺は、そう、 きれいな女性になりたい。そうしたら俺はもっと素敵になれる。 あんたと手をつないでも、釣り合わないと顔を伏せてしまうこともない。 きっとこんな病気になることもない。セックスだって、もっと上手にできる。 俺が女だったら、繋がるところはこんなに狭くないはずだから、あんたもやりやすいだろう? 俺なんか、嫌だろう?なのに、なんでそんなに優しくするんだ? こんな、なんの価値も無い俺に。ああ嫌だ。考えてしまう俺が嫌だ。嫌だ。 もう、なにも考えたくない。俺は、力の入らない腕を叱咤して自分の下肢に腕を伸ばした。 その先にあるのは、俺がいま一番いらないと思う、俺の男の証明。 「セフィロス……もう、何も、考えたくない……セフィロス以外、感じたくない…… もっと、激しく、して?何も、考えられなくなるくらい……」 俺の言葉で俺の中にいるセフィロスがより硬さを増すのをどこか恍惚と感じながら、 俺は自身の根元を右手できつく縛めた。すると、セフィロスの手が俺の手に重ねられる。 「いいのか?無理はするな……お前が壊れてしまう」 「うん……いいの、俺なんか、壊れても、いい……壊して、気絶するまで…して。 はやく……動いてぇ」 ままならない身体をもどかしく思いながら、腰を押しつける。観念したように、 セフィロスも腰を激しく打ち付け始める。 「あ、あぁ……!んっ、いい、いい……っ、あ!あはぁ……は、ああ!」 「くっ……」 思わずといった低いうめき声を発するセフィロスのくちびる。 せわしなげに、気持ちよさそうに息をする、セフィロスのくちびる。 そのくちびるが欲しくなって、セフィロスの長く垂れた銀髪を引っ張ると、 奪われる熱いキス。ああ、愛してる。そう思うだけで、 全身から粟立つほどの快感が脳髄まで染み入って、何だか急にいってしまいそうになって、 俺は一種の恐怖感に襲われた。嫌だ。まだイキたくない。もっと、感じていたい。 離れたくない。終わりたくない。 「い、や。いやぁ……あ、いや、ぁあああああ!」 俺はかぶりを振りながら、目の前に迫る射精感をこらえようと片手で根元を握って、 もう片手で先端を手で押さえようとした。だけどうまく力が入ってくれなくて、 俺はあっけなく射精してしまった。先端を押さえた手から、精液がとろりと漏れて流れ出す。 俺はきつくきつくセフィロスを締め上げる、だけど熱い奔流はやってこない。 「幻滅……させないで、ね」 乱れた呼吸のなかで俺は笑いかける。 「壊して、くれるんでしょ?」 その言葉に、セフィロスもかすかに微笑を浮かべた。 根本的なところから来る自信に裏付けされた、俺の大好きな微笑だ。 「のぞむところだ」 もう一度深く深くキスをして、腰の動きを再開させる。浅く、遅く、速く、深く。 大きくグラインドさせて、俺の精神を突き崩しにかかる、強固な楔。 その楔を少しでも強く感じたくて、内壁を蠢かせる。 するとセフィロスの口からは熱い吐息が漏れ出て、 その吐息を出させたのが俺だってことがたまらなくうれしくて、 俺は何度でもセフィロスを締め上げる。それに合わせるように激しく突き上げられて、 俺は苦しくて、気持ちよくて、痛くて、快感で……あああ、愛してる。 俺の顔はいつだって涙でまみれてる。そして俺はセフィロスでまみれてる。 前者はともかくとして後者に関して俺は幸福と思うべきなのだろう。 だが俺は、この病にかかってから自分が幸福だと実感したことはついぞないのだ、 まがりなりにも愛してる人と共に暮らしているというのに。 これは俺の隣で横になって、うつぶせになった俺の背を撫でてくれるセフィロスに対して 非常に失礼なことなのだろう。だけど俺はセックスをしているとき以外は ほとんど感情を感じない。ただ重さを感じる。その重さのなかには、 悲しさとか、申し訳なさが微妙なブレンドで入っているのだろうけど、 それを解析するだけの気力は俺にはなかった。 「それで、調子はどう?」 2週間ぶりに会った先生は相変わらず営業的な微笑を浮かべて俺を見る。 俺は小さな声でぽつりぽつり、現状を伝える。相変わらず、体が重い、涙が出る、など。 「そうか、じゃ、もう少し薬を増やしてみようか」 俺は何故か腹が立った。自分がこんなに苦しんでいるのに、 ただ淡々と仕事をこなしている先生に苛立ったのだろう、 先生が処方箋を持って戻ってきたとき、俺は口を開いていた。 「どうすれば……いいんですか」 かすかな声だった。自分でも信じられないほど震えた声だった。 その言葉を発してしまったらもう止まらなくて、 俺の両目からは既に出し慣れた涙があふれた。 「どうすればって……とにかく、今は薬が効いてくるのを待つしかないんだよ、ほら、立って」 自分に立つように促す先生の声がとても冷たく聞こえた。 俺がこんなに、苦しいのに。あんたは全然やさしくない、 そうだあんたとはただ患者とその医者って関係だけだから仕方が無いのか。 いや、斜に構えようとしても何の効果もないのはわかっているのに。 俺は立ち上がれずにひとしきりその場で泣いてから、 ふらふらと覚束ない足取りで診察室を出た。 出たとたん俺の脚からは力が抜けて、その場に倒れこんだ。 セフィロスが慌てて駆け寄ってくる。そのことすら今の俺には腹立たしかった。 なにかマイナス面に向かう感情が自分のなかで渦巻いていて、 ここにナイフがあったら自傷でもしていただろう。無論、セフィロスが許すとも思えないが。 「俺に……俺なんかにさわるな」 俺は怖い顔を作ったつもりだったが、泣き腫らした目でたいした凄みなどなかっただろう、 セフィロスは人目も気にせず抱きしめてくれる。とても大切そうに。 それが嬉しいのに、なぜか俺は腹が立つばかりだった。 「クラウド、クラウド……疲れたんだろう。帰って、休もう」 セフィロスの言うことはいつも正論だ。まったく、正しいことを言ってくれる。 だったら、早く、俺を連れて家に帰ってくれ。このままだと、俺は俺自身だけでなく、 あんただけでなく、この世界まで傷つけてしまいそうだから。 それは、何ら特別なできごとではなくて 俺の病気で一番の被害にあっているのはセフィロスなのに、 セフィロスはいつも何でもないって言って、 内側からもろく壊れそうなほどの微笑を浮かべるのだ。 かと思えば昔みたいに英雄然とした透徹な表情を見せたりする。 その不可解さは昔から変わらない。そう、ずっと昔から、 尋ねたくても尋ねられなかったことがある。なんで、 あんたは俺なんかの傍にいてくれるの?俺には俺の価値なんてわからない。 少なくとも子供を産めない時点である程度の価値など俺にはないのだ。 その日は執拗に胸を攻められた。10分、20分、飽きもせずに俺の両乳首をかわるがわるねぶり吸われた。 一般的な男は胸を舐められて感じるのか分からないけど、 俺は胸を弄っているのがセフィロスだという唯それだけでおかしいほどに感じてしまうのだ。 触れるか触れないかぎりぎりのタッチで脇腹に愛撫を受けると、 そこから発生した微弱な電流が胸に伝わってむずかゆいような快感を誘い、 更にそこを丹念に舐められる。俺の意識はひどく混濁していて、 多分自分がなにを言ったのかその時はわからなかっただろう、 俺はうわごとの様につぶやいていた。 「い、つか……」 「どうした?」 言ってしまった。俺は。 「いつか…俺に赤ちゃんができたら、さ…………ここから、ミルクが出てくるんだよね……?」 その時のセフィロスの顔を、俺は知らない。 だけど、頭のいい人だから、この一言で、きっと全部わかってしまったんだと思う。 セフィロスはしばらく動かなくて、数秒後数十秒後思い出したように乳首を甘噛みされた。 「っ、かんじゃ、だめ……」 「……オレは」 俺の胸に頬をすり寄せながら、セフィロスは宣言する。 「子供なんて産めなくても、お前のすべてを、愛しているよ」 「嘘だ!」 俺は反射的に否定していた。今までおさえつけられたものが弾かれたように、 俺はなりふり構わず叫んでいた。 「この体!この無価値な体!愛せるわけがない!! あんたの精子をもらっても、吐き出すことしか能がない。 セックスが無駄な行為に終わってしまう、こんな何も生み出さない体、愛せるわけがない!」 「無駄ではないよ」 必死にかぶりを振る俺の手首を捕らえた手の力は予想より強くて、 なのに思わず見たセフィロスの表情はとても静かで。俺は言葉を出せなくなってしまった。 「すでにオレたちは数多くの子を産み落とした」 セフィロスの手が俺の下半身に伸びる。 セフィロスの静謐な表情に魅入られた俺はそれを止めることも出来ない。 「オレの精神は、交わるたび、おまえを犯しおまえに犯されて」 セフィロスが大事そうに、愛しそうに、俺の中心を包み込む。 やわらかく愛撫をすると、それはたちまち熱を持ち始める。 「苦しみ、葛藤を繰り返しながら、はらみ続けてきた」 「何、を……?」 散々焦らされていた所為か、まもなく絶頂は訪れた。 痙攣しながら、セフィロスの手に精液を零す。 「オレたちは、産み落とすんだ。……精神の子を」 「精神の……子」 手に出された精液を、まるで子をいとおしむ親のような表情で舐めとっていくセフィロス。 「無駄ではないんだよ。すべて……おまえ自身も、この行為自体も」 そう言って、ゆっくりと口付けてくる。 口移しで、先ほど放ち舐めとられた精液が入ってくる。 その苦さが精液の存在を何よりも主張する。その苦さが、数億の命の苦さが、 俺にはいわば鮮烈といってよいほど感じられた。 その瞬間、俺から放たれた本来無価値であるはずの精液に俺は確かな価値を見てとった。 こんな、スプーン一杯程度の、その程度の存在が、苦さという意味を持つ。 そのことが、俺には何よりも新鮮だった。 ふいに、すべてが自明になった気がした。 俺は口付けを続けたままセフィロスの頭を引っつかんで、逆に押し倒した。 「おい、…………」 セフィロスは何か言いたげだったが、俺は構わなかった。 ただ不気味にくすくす笑いながらセフィロスを貪った。 あまりに強く何度も唇を押し付けあったから、俺の唇は腫れてしまった。 互いの胸には腹には股にはいくつもの情痕が残された。 俺の中にセフィロスが生み出した数億の命の奔流を受けたとき、 どんなに括約筋を締めても漏れ出てしまうのが悲しくて泣くと、 セフィロスはいつもの優しい声で言うのだ 「大丈夫。オレのなかにおまえの子がいるように、 おまえのなかにもオレの子は、ちゃんと、いるから」 |