聴かないほうがよかった?
ことあるごとに、その言葉は、重く
重くのしかかり、鉛のおもりが落ちるたび
俺のこころは深く底のない淵へと、沈んでゆく










重い。指先ひとつ動かせない、わけではないが、 身体を動かそうとする度こらえようのない虚脱感が襲い、 俺から起きようとする気持ちを萎えさせるのだ。 頭だけわずかに起こして、セフィロスがベッドサイドに座っているのを確認すると、 俺は心なしか安心して、再び頭を生ぬるい枕に沈めた。 唇が乾いている。俺は乾きが悪化するのをわかっていて、 唇を舌で何度も舐めた。そこでようやく、自分の口中が渇いていることに気づいた。
「水……欲しい」
かすかにつぶやいただけだったが、セフィロスには聞こえていたようだ。 立ち上がり、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを持ってきた。 俺にペットボトルを渡すと、再び定位置に座った。 俺は身体を起こすのがめんどうくさくて、横になったままペットボトルに口をつけ、 冷たい水を流し込んだ。当然、あふれた水が俺の口周りとシーツの一部をぬらした。 それをセフィロスは無感動に、俺にはそう思えた、見て、 俺の口周りの水を拭い取るように舐めた。
「腹は減っているか?」
「…………ううん」
「だろうな。しかし、そろそろ何か食べないと身体に悪い」
そう言うとセフィロスは一旦キッチンに消えた。しばらくたって、 俺がかすかな不安に襲われる頃、湯気のたったスープを持ってきた。 俺が寝ている間に作っておいたのだろう。
「身体、起こせるか?」
「めんどくさい……食べさせて」
「しょうがないやつだな」
言葉ほど呆れているようには思えない。セフィロスは、 スプーンでスープを自分の口に含むと、口移しに俺に流し込んだ。 俺はただ嚥下すれば良いだけだった。何度か口移しをされると、 俺の口端から含みきれなかったスープが筋を作ったが余り気になることはない。 スープがこぼれる度にセフィロスが舐めとってくれる。
「も……いい。はいんない」
胃からこみ上げる軽い嘔吐感を感じて、俺は食事をリタイヤした。 すると今度は『カラの』口移しをされた。歯列を割って舌が入り込んでくる。 俺も別段驚くこともなく舌を絡ませる。身体はひどくだるいのに、 ソコだけは変に元気だ。 身体に残ったわずかなエネルギーが行き場をなくしているのかもしれない。


紺青の海 裸の海 ゆるく、たゆたう


「……っ」
首筋に深く口付けを落とされ、その濡れた感触に思わず身震いする。 痕を残されたかもしれない。もっとも、外出もしないこの状況で気にすることでもないが。 片手で器用にボタンをはずされていく。 俺だけ裸にされていくのが気に入らなくて、相手のボタンもはずそうとするが、 うまくいかない。くす、とセフィロスの吐息が聞こえた。 胸中にもやもやとしたくやしさを感じる。
「は……っあ…」
脇腹から胸にかけてすぅっと指でなぞられただけで、全身が粟立つ。 どうしようもなく、燃え上がる。思わず、この男を、全部、俺にくださいと、 ひれ伏して請いたくなる。だけど絶対、態度には示すことができない。 くやしくて、みっともなくて。俺の葛藤なんかおかまいなしに、 執拗な愛撫は徐々に下半身へ降りていく。ゆっくりと、しかし着実に。 俺の立ち上がりかけたソレを目にしたセフィロスが、 妖しく微笑んで舌をぺろりと出す。その予兆に、俺は震えた。
「あぁ……」
舐めて、吸われる。それだけで、俺は恥ずかしいくらい感じてしまって、 開きっぱなしの股がくがくさせて、駄目だ。セフィロスに舐められてる、 そう思うだけで、たまらなくなってしまう。視界が滲む。涙、そう涙。 ああいけない。また涙が。
「お前は、よく泣く。上のお前も、下のお前も」
そう言われて、あふれ出る先走りをすくうように舌で先端をえぐられて、 俺はあっけなく遂情した。早すぎる絶頂に乱れた呼吸を整えて薄く目を開くと、 存外真剣な瞳のセフィロスと目が合った。
「お前には泣かれたくない。なのに、最近のお前は抱かれるたびに泣く。 オレはどうしたらいい?……クラウド」
名前を呼ばれて、俺はまた泣き出してしまう。どうすればいいのかなんて、 俺にもわからない。ただ俺は駄々をこねる子供みたいに泣きじゃくって、 しゃくりあげて、セフィロスの指が、そしてセフィロス自身が挿入ってくるのを 涙を流しながら感じていた。

あの日を思い出していた
それはほんの、ちょっとした出会いで

「ミッドガル・ハインリッヒ・ライン合唱団」という団体の 全国ツアーコンサートのチケットを手に入れたのは、 俺たちが今住んでいるニブルヘイムにある小さな雑貨屋だった。 店の前に貼られているポスターになんとなく目を惹かれて、 気がついたらビラと一緒にチケットまで買っていた。 どうして買ってしまったのかよくわからない。 懐かしい「ミッドガル」という言葉がひっかかったのかもしれない。 コンサートホールがひとつしかないような田舎のニブルヘイムにわざわざやってくるのが 興味深かったのかもしれない。チケットは一人分しか買わなかった。 セフィロスは芸術には無関心なことを知っていたからで、 自分の気まぐれに付き合わせる必要もないと思ったからだった。 そしてなぜか、チケットを買ったことも伝えなかった。 あるいは一笑に付されることを予想していたのかもしれない。 演奏会当日、俺は「用があるから」とだけ言って家を出た。 放浪癖のある俺だから、外出するのに特別な理由はいらないのだ。 それはセフィロスも承知している。受付でもぎりのお姉さんにパンフレットを渡されて俺は 大ホールに入った。客の入りのまばらなホール、それほど期待してはいなかったし、 合唱というマイナーな響きから、多分この程度なのだろうと思っていた。 開演ブザーが鳴る。「本日は皆様のご来場まことにありがとうございます……」 そんなのはどうでもいいから早く曲を聴かせて欲しかった。 重ねて言うが俺はそれほど期待なんかしてなかった、初めて聴く合唱、 その第一ステージ第二章。俺はこの後何度感謝したことだろう、 呪ったことだろう。この曲を聴いたばっかりに、俺の宇宙は原子にまで還元されて、 強引な再構築を余儀なくされることになったのだ。

次? or もうやめる?