「少しだけ調子がいいみたいだね」
担当の医師であるザクライア・宮津先生の意外な言葉に俺は小首をかしげてみせた。 これは俺の癖らしいが、セフィロスが見ていたら 「そんな仕草をオレ以外に見せるんじゃない」と怒っていたことだろう。
「君の声。以前よりずっと大きくなった」
「え?……そうですか?」
思わず自分の口に手を当ててみる。体が重いのは相変わらずなので、まったく、自覚がなかった。 はてなマークを飛ばす俺を先生は面白そうに眺めた。
「まあ、変化ってのは大概、突然起こるものじゃなくて、 連綿とした流れのなかで少しづつ蓄積されるものだからね。 自分で分からないのも無理はないよ」
言いながら、デスク上のマウスを操作する。 するとモニターに今俺に出されている薬の一覧が表示された。
「薬の量は急には減らせないから、しばらくお薬は続けることになるけどね」
カチカチとマウスをクリックして、椅子から立ち上がる。 いつものように処方箋を取りにいくのだろう。
「ま、気長にやろう」
俺の肩をぽんと叩いて先生は診察室を出て行った。 そして俺は自分に起きたちいさな変化を、いとおしそうに抱きしめた。 それは俺がいままでの「俺」が無価値ではなかったことを実感した瞬間でもあった。 ながい時間をかけて、ようやく、それだけ、わかった。 だけどその時、俺は確かに幸福だった。

診察室の前で足を組んで座っていたセフィロスが、俺の姿を認めて立ち上がった。
「終わったか」
「うん。……えへへ」
人目も憚らず、俺はセフィロスに抱きついた。 意外だったのだろう、久しぶりに能動的に動いた俺にセフィロスは一瞬目を見開いたが、 すぐに俺を抱き返し、髪を梳いた。
「どうかしたのか?」
「ん、なんでも。」
「なんでも?」
「そう。『なにか』は、『なんでもない』の連続だから」
俺はおもむろに身体を離した。一方セフィロスは、俺の言葉を消化することができなくて、 しばし固まった。それを本人が自覚したのは、 多分俺が不思議そうにセフィロスの顔を覗き込んでいるのを認識したときだった。 セフィロスは大きな大きなため息をついて、頭を軽く振ってから、俺に手を差し出した。
「行こうか」
「うん」
離れないように、しっかりと手をつなごう。俺たちは、ゆっくりと歩き出していた。




「子供が欲しいあまり病気になるクラウド」というのは、 このお話の元になった曲を聴くたびにいつか書いてみたいと思っていました。 ずいぶん時間がかかりましたが、ようやくひとまずの形になってくれました。 このお話のクラウドにはわたしの根本的な願望や苦しみなど代弁させているので、クラウドがクラウドらしくない とか思っても、これは 「クラウドfeat.にゃも」ということで見逃してやってください。 (もしかしたらこれは全てのお話に言えるかもしれません。それにわたしの書くセフィロスもあんまりセフィロスらしくないよね。)
このお話は比較的うつになってまだ時間の経ってない頃に書いたものなので、こんなのうつ病じゃない、 という部分もかなりあります。あまりこのお話はうつ病を知る上で参考にはなりませんが、精神疾患者の 苦しみ方はある程度参考になるかもしれません。

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