蹉跌までの道V

「やっぱりセフィのベッドって広いね」
いつしか週末ごとにクラウドを部屋に招き、泊まらせるようになっていた。 一緒に優しい時間を過ごすようになって、どれだけ経った頃だろうか。 クラウドも少しずつセフィロスの家が居心地よくなっていったようで、 最初はリビングでテレビを見たり本を読んだりするだけだったが、 最近では書斎や寝室でふたり一緒に過ごすことも少なくなかった。
それは傍から見ればもう完全に恋人同士のそれであったが、 実際スキンシップなんてごく軽いものしか無かったし、 クラウドが寝るのはいつもリビングの革張りソファだったけれど。
身体の触れ合いはほどんどなくても、交わされる言葉は甘く、 お互いへの思いやりに満ちていて、視線を交わせば想いが通じた。 実際セフィロスはそれだけで充分満足していたのだ。
この優しいばかりの不安定な関係は、 ふたりの臆病な心とセフィロスの幾重にも張り巡らされた自制心によって成り立っていた。
「家具類は会社が勝手に支給した物だが、確かに一人で寝るには広すぎるのかもしれないな」
「ふ〜ん」
シックな木目調の椅子に座りブラシで半渇きの髪をとかすセフィロスを、 ベッドに腰を下ろしたクラウドが眺めている。 するとクラウドは何か思いついたように大きなベッドにころんと横になった。 まるで小動物のようなその様子を、鏡越しにセフィロスは不思議そうに見る。
「セフィ、今夜は一緒に寝ない?」
「……な……」
思わず手にしていたブラシを取り落としてしまった。
「だめ?」
「い、や……そんなことは……」
上目遣いで見つめられて、セフィロスは直視できずに視線を伏せて床に落ちたブラシを拾う。 そして顔を上げると、いつの間にか傍に来ていたクラウドの手がふわっとセフィロスの頬を 包み込んでいた。
「……?」
椅子に座っているセフィロスの顔を少しだけ仰のかせて、 クラウドは僅かに身を屈ませて、左右の頬にごく軽いキスをした。 それだけで、セフィロスの身体は大仰なほど震えた。第一の壁が、崩れる。
「よせ!」
滅多に狼狽することの無い英雄が、信じられないほどうろたえた声でクラウドを押し退けた。 クラウドは一瞬びっくりしたように目を丸くして、傷ついたように瞳を潤ませると、 セフィロスの脆い弱点を突くようなことを言う。
「おやすみのキスも、したらだめ?」
心惑わす声。セフィロスが凍り付いて動けないでいる隙に、 その薄い唇にクラウドは自らのそれをそっと重ねる、残酷な追い討ち。 トールの雷に打たれたようにセフィロスの全身が痙攣し、拾い上げたブラシが再び滑り落ちる。
触れるだけのキスは一瞬だったのかも知れないがセフィロスにはひどく長く感じられた。 第二の壁が砕かれる。そのとき小さく、 何かの張り詰めた糸が切れる音をセフィロスは頭の隅のどこかで聞いた。
ゆっくりと離れようとするクラウドの頭を強引に両手で掴んで、 噛み付くように口付けをした。クラウドの身体が僅かに強張ったが、 それを気にする余裕は無かった。唇を執拗に啄ばんで、 性急に歯列を割り舌を滑り込ませると、 口の奥で縮こまったクラウドの舌を絡め取って思いっきり吸い上げた。
「ん…ふ、…ん、ん……っ」
あまりにも突然な行為についていけないのか、 クラウドがしきりに艶を帯びた息を漏らす、それすらセフィロスを煽るものでしかない。 初めて触れたクラウドの唇は柔らかくて、温かくて、口の中はもっと熱くて、 もうとろけそうだった。背筋がぞくぞくして、気が遠くなる。 熱病に侵されたように呼吸すら忘れて貪り続けた。 やがてクラウドがぐったりしたように力無くセフィロスに倒れかかる頃、 漸く唇と舌が離れて名残が長く銀糸を引いた。
セフィロスですら息があがっている、 クラウドはまるで別の世界に飛ばされたように視線の焦点が合わないまま朦朧として、 潤みきった瞳には妖しい炎がぼうっと灯っていた。 頬に赤みがさしたその表情は堪らなく淫靡で、 思わずセフィロスはクラウドの濡れた唇を指でそっとなぞった。 すると何を思ったか、クラウドがセフィロスの手に自らの手を添えて、 セフィロスの指をゆっくりと口に含む。濡れた唇と舌の感触を敏感な指先で感じて、 背筋に強烈な電流が走った。ちゅ……と音を立てて唇が指から離れ、 腰が砕けそうな堪らない表情をして、クラウドがとどめの一言を囁いた。 その時何故か、セフィロスは一抹の哀しみを感じていた。最後の壁が、音を立てて崩れていく……
「…し、て…くれる……?」
セフィロスの瞳が、たちまち獲物を捉えた肉食獣のように凶暴な色に染まった。 理性がはじけ飛び、ありとあらゆる思考が中断し、 本能に総てを預けるケモノと化した。 クラウドをベッドに投げ飛ばすと上に圧し掛かって唇にかぶりついた。 口腔内を貪りながら互いのバスローブを引きちぎる。 肌という肌を重ね合わせて身体中に荒々しい愛撫を加え、 慣らすのもそこそこに熱く疼いて堪らないものを突き入れた。
「…クラウド……クラウド、クラウド」
柔らかい粘膜にすべてを包まれるともう耐えられなかった。 身体が求めるままに、心の衝動のままに、 背筋を電流のように流れる快感に煽られるように無我夢中で突き上げる。 時折息を詰まらせながら、うわごとのようにわめき続けた。
「クラウド、……クラウド、愛してる、欲しい、愛してる、…愛してる、 おまえが欲しい、欲しい、全部、全部欲しい!クラウド、クラウド、クラウド、 クラウド、クラウド、愛しているんだ、愛してる…!オレのものだ、クラウド、 愛してる、愛してる、全部オレのものだ、クラウド、クラウド、 全部、オレだけのものだ、愛してる、愛してる!おまえしかいらない! 他に何もいらない、おまえだけ欲しい!愛してる、愛してるクラウド!クラウド、 クラウド!もっと、もっと欲しい、もっと!愛してる、もっと奥まで、奥まで挿れさせて! クラウド、クラウド、愛してる、クラウド、愛してる、愛してる、愛してる、 愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる!」
いつしか身体中体液でべとべとになっていたがほとんど気にならなかった。 もう何回吐き出したかわからないが、 穿たれたままの所から白い解放の証がじゅぷじゅぷ流れ出してきていて どれだけ大量に何度も何度も注ぎ込んだかわかる。 どれほど絶頂を迎えても満足できなくてやめることなんて考えもできなかった。 とうに気絶したクラウドが何の反応もしなくなってもやめられなかった。 もう気持ちいいとかそういうのは通り超えていて、ただクラウドが欲しくて、 欲しくてたまらなくて、ずっと重なって溶けあっていたかった。
想いが暴走する……凶暴な何かが暴走する
駄目だ……止まらない!
止まらない…!!
「く……っ…?」
朦朧と混濁する意識が、全身を覆う苦痛のお陰かゆっくりと現実に呼び戻される。 腰が半端でないほど重くて、力が入らない。 軽く身じろぎすると繋がったまま気絶していたのだと気づいた。 まだ頭がはっきりしない、軽い混乱状態に近いだろう。
「……、…?」
いつもなら起きると直ぐに意識は明瞭となる筈なのに、 まるで霞がかかったようにぼんやりしている。ただ、その中で自らのしたことを少しずつ、 セフィロスは理解していった。
「…くら……」
本当に、酷い事をしてしまった……クラウド…に…謝らないと……
「くらうど……?」
ぐったりとしたクラウドに呼びかけようとして、まだはっきりとしない頭で不思議に思った。 クラウドの身体がとても、ひんやりとしているのだ。 その意味がセフィロスにはまだ良くわからなくて、抱き起こしてクラウドの顔を見ると、 目が覚めていないのにまぶたが開いていて、 表情の無いその顔は昔見たビスクドールに良く似ていた。
「――――」
まぶたが開いているのに、どうしてこちらを見てくれないのだろうと、 ふとそんなことが頭をよぎったが、同時にその理由もセフィロスの脳はちゃんと理解していた。 開いた瞳孔と、白すぎる肌。けれど信じたくなくて、唯それだけで、 この逃避のような放心状態を生み出していた。 おそるおそる青白い頬に手を添えると雪のように冷たくて、 そのまま首筋に手を滑らせて、指先が頚動脈の辺りを触れると、 今度こそ、セフィロスはその圧倒的な事実にひれ伏した。
脈が、無い……
「――――――!!!!」
悲鳴はもう声にならなかった
ころした……!
殺した……クラウドを
オレが欲望に負けたせいで……
あの子を……殺した……
このオレの……穢れきった手で……!!!
「っ!!」
突然視界に見慣れた天井が飛び込んできて、セフィロスは一瞬何が起きたのかわからなかった。 動悸が激しい。反射的に上体を起こすと、薄暗いそこは何の変哲もないいつも通りの寝室で 、セフィロス以外の人間は、いない。
「ゆ、め……?」
全身が酷く強張っている。息が浅く速くて、呼吸を整えようと強引に深く息を吐いた。 それは安堵のため息とは程遠いものだったが、 それで漸くセフィロスは全身が嫌な汗でびっしょり濡れていることに気づいた。 けれどセフィロスは汗が冷えるのも気にしないでそのままベッドを抜け出し、 寝室を出ると足早にリビングへ向かった。
リビングの革張りソファには、ブランケットをかぶったクラウドが横になって 静かに寝息をたてていた。ああ、生きている……心からほっとして、 物音を立てないようにしてすぐ傍まで近寄ると、穏やかな寝顔がよく見えた。 それを見ていると切なくて、苦しくて、不思議な気持ちになるのが判る。 「セフィ」と自分を呼ぶ声、その響きを思い出すたび、胸がぎゅうっと締め付けられる。 苦くて甘い痛み。いや、それだけなら、まだ……良かったのだろうけれど。
(オレはクラウドを、そんな目で見ていた筈ではなかったのに……)
身体が欲しかった訳じゃない……いいや、それは違う。全部、…欲しかったのだ。 クラウドの心も、身体も、全部。だから、触れたかった……あの子の柔らかい肌に。 未成熟な身体を抱きしめたい。珊瑚色の唇に、白い首筋に、薄い胸、 まだ丸みを帯びた臀部、すらりと伸びた腿に、余すところなく触れたい…この手で、唇で。
(でも、触れてしまったら、オレは……)
きっと、止まらなくなってしまう。滅茶苦茶にしてしまう…… 先ほどの悪夢が脳裏をよぎる。あの夢はセフィロスの心を芯から凍らせるに充分だった。 クラウドが愛しい。愛しくて、愛し過ぎて、何をしてしまうかわからない…… 本当に抱き殺してしまうかもしれない……もしそうなったら、自分は絶望に総てを支配されて、 この星を滅ぼしてしまうだろう。一人残らずこの手で殺してしまいたくなる。 だから、……だから、もう絶対に触れてはいけない。絶対に。
「好きだ……クラウド、おまえが、好き……これで、 最後にするから、……どうか許して欲しい……」
顔を寄せて耳元に囁くと、クラウドの唇に、自らの唇をそっと、ふれ合わせる。 それだけで、胸の奥が信じられないほど熱く痺れる。 もっと触れたい気持ちを必死の思いで抑えつけて、ゆっくりと離れると、 部屋にあったバングルからマテリアを取り出して、デジョンを唱える。 送り先は、一般兵の寮にある彼の部屋。朝起きたクラウドが何を思うかわからないけれど、 これ以上あの青い瞳に見つめられて正気でいられるか自信がなかった。
空間が割れてクラウドが消えていく。 それを見送りながらセフィロスは無意識に自分の口元に手をやっていた。 ゆっくりと指先で唇をなぞる。さっき確かにクラウドに触れていた自らの唇に。
「クラウド……」
噛み締めるように愛しい名前を口にして、 セフィロスはゆっくりと革張りのソファに身体を沈めた。まだ温かいソファ、 そこに切ないほどクラウドの体温を感じて、まるで寄り添っているような気持ちになれた 。その感覚にふとデジャヴを覚えて、セフィロスは遠い記憶を手繰り寄せようとする。
(……そうだ…ウォルフィ……)
8歳の頃に研究所で出会った、同じ年頃のモルモットの子供。 収容する部屋が無いからと研究員は言っていたような気がする、 ほんの数日だったけれど、同じ部屋で語り合って、同じベッドに寄り添って眠った。 それは小動物が身を寄せ合うのに似ていたが、 その時感じた安心感はセフィロスの心に消えず残っていた。
そういえば、誰かのぬくもりを感じながら眠ったのは、あれが最初で、最後だった……


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