クラウドが本日の残業を終えてタイムカードをきり、
治安維持部ビルの人気の無い裏口から出ようとする。
そこに予め待っていたセフィロスが極力不自然でないように話しかけた。
「あ、クラウド……」
「はい、何ですか?サー・セフィロス」
セフィロスが来ることは事前にザックスから知らされていた。
それでもクラウドはまだ少し緊張した面持ちで、
「サー」という響きにどこか淋しそうな表情をしているセフィロスの顔を、
軽く首を傾げながら見やった。
「……勤務時間外に敬語はよしてくれないか?」
「あっ、…はい……」
「それから……その……」
セフィロスは言いづらそうに一度視線を伏せてから、
決意したように顔を上げてクラウドの瞳を真っ直ぐに見据えた。
「……セフィと、呼んでくれないだろうか」
「え……っ?」
クラウドの顔がみるみるうちに紅潮していく。
その表情があまりにも可愛らしかったものだから、
潤んだ紺青の瞳に吸い寄せられるようにセフィロスの手がクラウドの頬に触れる。
途端、クラウドが驚いてびくっと大きく震えた。
「……っ」
その過敏な反応にセフィロスは思わず頬に沿わせた手をひっこめた。
少し気まずそうな表情で目を伏せて、早口に別れの挨拶をした。
「……用件はそれだけだ。気をつけて帰れ」
そう言うと、セフィロスはまるで逃げるように足早に去っていく。
その後姿を見送りながら呆然と立っていると、
ビルの裏口からひょいっと出てきたザックスが声をかけた。
人目につかずにセフィロスが一般兵のクラウドと接触できたのは、
ザックスの取り計らいがあってのことだ。
「よ!クラウド、旦那と何話したん?…ってオイ、大丈夫か?」
クラウドは頬ばかりか耳まで真っ赤にさせ、口元を手で押さえて硬直している。
そればかりかまるで泣きそうな顔をして。その様子にザックスは『可愛い!』
と面食らいつつ、告白されたんだなーと予想した。だがそれは少し違っていたようだ。
「ザックス、…どうしよう……」
「うん?」
「あのね、『セフィって呼んで欲しい』って……」
「………はあ?」
セフィロスのミッションにおける即断即決速攻を熟知していたザックスは、
それこそ素っ頓狂な声をあげた。迂遠だ。あまりにも迂遠過ぎる。
てっきり直ぐに告白してあわよくばお持ち帰りをするものだと思っていたのに。
(……ああ…旦那ってば、好き過ぎて臆病になっちゃってるのね……)
「あー、うん、こんなに可愛いもんねえ……そうだよなあ……」
いつしか知らずに独り言を呟き始めたザックスをクラウドは不思議そうに眺めている。
「どうしたの?ザックス……」
「うん、ここはやっぱ俺がなんとか……よし!クラウド、いいか!?」
ザックスはがっちりとクラウドの両肩を掴んで、クラウドの両目を覗き込んだ。 。
「ようく聞けよ、セフィロスの旦那のやつは今、
一世一代の病気にかかってる。恋煩いというやつだ」
「こ……!?」
クラウドが目を丸くさせる。冷徹な英雄とされるセフィロスが、
そんな病気になるなんて想像したこともなかったのだ。
「病因はクラウド、おまえだよ。そして同時に特効薬でもある」
「………え……まさ、か……!だって俺は…ただの一般兵で……」
「クラウド、おまえぐらいの歳になればもうわかるだろ?
そういう次元の問題じゃないんだ、人の感情ってもんは」
「でも……でも…」
クラウドが顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。あんまり問い詰めると可哀想かな、
とザックスの心が揺らぐ。それでも敢えて訊いてみた。
「おまえも旦那が好きなんだろう?」
弾かれたようにクラウドは顔を上げて、そして今にも泣きそうな表情になると、
こくん、と頷いた。
「文句無しの相思相愛だ。なのに旦那は怖がって告白をためらってる。
本当は、あと一押しで上手く行くのにな。……クラウド、おまえはどうしたいんだ?」
「……え?」
「おまえはセフィロスと、どうなりたい?」
「…………」
―――セフィと、呼んでくれないだろうか………
クラウドの脳裏に、鮮やかに浮かび上がるセフィロス。
それは英雄というには少し臆病な、男。思い出したらまた、
心がざわざわして、慌てて胸を押さえる。知らない……こんな気持ち自分は知らない。
「……怖く、て……」
自分を見つめるセフィロスの目が、新聞で見ていたそれとあまりに違っていて、
熱くて、火傷しそうで、どこか恐ろしい……でも…嫌じゃ、ない……
「…怖いんだ……サーといると、自分が自分じゃなくなるみたいで……
今でもこんなに怖いのに、先のこと、なんて、とても考えられなくて…………」
ひとしきり本心を打ち明けて、ザックスの顔色を伺うようにおそるおそる顔を上げると、
ザックスはなんだかとても嬉しそうにニヤついていて、少し不気味だった。
「ウーフフフフフーーゥ(某王国のジャンプ好きの虎的な笑い)」
「ザックス……気持ち悪い」
「おまえらが可愛過ぎるんだもん」
これは、さほど難しい話じゃないのだろう。ふたりとも、初めて経験する恋なのだ。
しかも揃いも揃って相手にベタ惚れで、究極の奥手。
この滅多にありえない状況はザックスのでばがめ根性を刺激した。
「怖がるほどのもんじゃないって。それでも怖いなら、ほんとにちょっとずつでいい。
…うん、おまえらのことだから、それこそ亀の歩きだろーな。
でも、そういうもんじゃね?小学生が因数分解できなくてもいいのと同じだ。
あせらずゆっくりやりゃいいって、な」
「…そう…かな……?」
不安そうに首を傾げるクラウドに、ザックスは満面の笑顔で頷いた。
「とりあえず、俺のすることは大して無さそうだ。おまえも、
あるがままにしてればいいだろうな。そうすりゃ、自然とうまくいく」
おまえだったらいい奥さんになれるぜ、絶対。
そう言うザックスの最後のひとことが少しひっかかったけれど、
でもセフィロスの隣にいる自分を想像すると全然嫌じゃなくて、
気づかぬまま自然と微笑みを浮べていた。
偶然それを見てしまったザックスは、思わず心臓が跳ねてしまったことに自分で唖然とした。
貴重であろうこの表情をもし旦那が見たらどうなっちゃうのかなあと、
ザックスはにやけつつ少し心配になったのだった。
さても、しばし経過すること一週間。
「ご免なさい、待ってた?」
「いいや」
ビルの裏口からぱたぱたと慌しく仔チョコボが姿を現す。
その姿を見てどこかほっとするのをセフィロス何だか嬉しく感じていた。
本日セフィロスは珍しく仕事が早く片付きそうだった為に、
クラウドに会おうとザックスに言付けを頼んでおいたのだ。
それは前回会った時からちょうど一週間経ってのこと。
「すまないな、本当は食事にでも連れて行ってやりたいんだ」
「いいんです。俺がセフィロスさんと一緒にいるの、誰かに見られたら大変だもの」
「……セフィロスさん、か」
セフィロスが苦笑に唇を歪めたのを見て、「あ!」とクラウドは口に手をあてて、
ちょっともじもじと躊躇いながら愛称をささやく。
「……セ…フィ」
「……クラウド」
じっと互いの顔を見合って、名前を呼び合う。
さすがにもう頭に血が上り過ぎてしまうことはないが、
心がざわざわとうるさいのはしょうがないのだと思う。
「…セフィ」
「クラウド」
「セフィ」
「クラウド」
「セフィ」
何度も名前を呼び合っているうちに、何だかおかしくて、クラウドが思わずふきだして、
そのまま笑い出してしまった。それが伝染してセフィロスもくつくつと笑い出した。
「ふふ……あははっ」
なかなか緩んだ頬が元に戻らなくて困ってしまう。それはセフィロスも同じことで。
そしてセフィロスは、クラウドのその表情を見たときの驚きと、
湧き上がる不思議な気持ちに気づいた。
「初めて、笑ったな」
そしてこう言わずにはいられなかった。
「おまえの笑顔は、好きだ」
好きだ。その音色にクラウドは心奪われる。その音色が聴けたのが嬉しくて、
頬を染めたクラウドはもう一度微笑んだ。
「セフィの笑顔も、好きだよ」
その囁きに、セフィロスは二重の意味で衝撃を受けた。好き、という音色と、笑顔という言葉に。
「笑顔だと?」
思わず顔に手をやる。その顔はもう笑ってはいなかったけれど、
クラウドの言葉に何処か安堵したように、自然とセフィロスの口元が緩んだ。
「そうか……オレも、笑えたのか……」
感情が無いとされた英雄。昔からずっと自分はそういうものなのだと諦めていた。
なのにクラウドといると、低温を保っていたはずの心が熱くなってくる。
セフィロスは自らの心境の変化を、不安と喜びがないまぜになった感情とともに自覚していた。
(これが、おまえのくれるものか……)
胸が、針で刺されたように痛む。無性にクラウドを抱きしめたくなって、
ほとんど無意識にクラウドの身体を引き寄せていた。
間近に寄ったクラウドがきょとんとしてセフィロスを見上げると、
その頬にほんの軽く唇を落とす。突然のことにクラウドは驚いたけれど
セフィロスも自分の行動に正直驚いていた。
「……おまえが可愛いから」
「!!……ばかぁ」
クラウドが真っ赤になって拗ねる、でも照れるだけでちっとも嫌そうに見えないのがまた
可愛くて仕方なかった。本気で抱きしめたくなって、けれどそのやり方がわからなくて、
どのくらい力を入れて抱きしめたらいいのかもわからなくて、
何よりそんなことをしてクラウドを怯えさせたくなくて、
セフィロスは行き場の無い手を固く握り締めた。
「ああ、驚かせて済まない。今日来たのはな、
いつまでもザックスに手間を取らせる訳にもいかないと思って」
もっとおまえのことを知りたくて。
「週末に、オレの部屋に来て欲しい」
「……!」
その時のクラウドの様子を見れただけで充分だった。それでもまだ少し不安で、
つい訊いてしまう。
「……どうだろうか?」
「あ、…はい!行きます!!あっ……どうしよう、すごく嬉しくて…」
本当に嬉しくて仕方がないのだろう、
自然と微笑みが浮かんでしまうのを自分ではどうすることもできない。
そんなクラウドが可愛くて
、セフィロスも今まで誰も見たことの無い至極柔らかな表情を浮べていた。
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