盲者の微笑み















静か、だなぁ……


ねえ、俺の声、聞こえる?


何か聞こえる……遠くで
遠吠え…ないてるの
親からはぐれたのかな


もう、起きよう?


……イヤ。
起きたら、痛いもの


お願い、そっぽを向かないで


あのひとの、あんな目
見るのが、痛くて


もし、その目を、変えることができるなら


そんなの……無理


変えてあげたいんでしょ?…もう一度だけ、


もう一度だけ、
……あの優しい目を見たかったんだ


ねえ、聞こえない?


……遠くから、何か聞こえる
コヨーテが、ないてる……


ようく聴いて。耳をすまして


誰か…ないてる。子供が、ないてる


ほら、ちゃんと見えるはずだよ


見え、る…小さな子供が、泣いて……


……抱き締めてあげよう、ね




「……何がおかしい」
レイプをされ始めてから感情らしい感情を見せなかったクラウドが、 今、静かに微笑んでいる。それは凍てついたセフィロスの心臓に、一本の細い針を突き刺した。 心臓が凍り付いている所為で、その痛みはセフィロスにはよく判らなかったのだけれど。
「滑稽か?…憐れんでいるのか?せめて怨嗟の瞳を向けてくれれば、 オレの心は歓喜に打ち震えるだろうに」
セフィロスは無表情でクラウドの髪を鷲掴みにすると、力任せに引き寄せた。 それでもクラウドは微笑んだまま。……狂ってしまったのか……
「どれほど酷くしようと、おまえは抵抗すらしない……どうでもいい? おまえにはもう、どうでもいいのか…?」
氷像のようなセフィロスの無表情に、焦燥が滲み始める。 苛立ちとも焦りともとれない衝動でもって、セフィロスはクラウドの頬を殴りつけた。 かなりの衝撃だったのだろう、クラウドが苦悶に顔を歪ませて激痛を耐えるように震えている。
「痛い?痛いだろう?跪いて、許しを請えよ。……どうして笑う…… 諦めたのか?オレのこと、もう全部諦めたのか……?」
あまりの痛みに涙を滲ませながら、それでもクラウドは微笑もうとする。 まるでその表情を恐れるかのように、セフィロスはまた殴りつける。
「どうして、……どうして!どうして!」
さっき傷を癒したのが無駄になるほど、何度も何度も殴り続ける。 もうやめて、と自分の中で泣き声がする。もう傷つけたくない、 なのにどうして傷つけてしまうのか、セフィロスには全然わからない。 どうして、どうして……!
「……どうして!どうして!どうして!どうして!どうして!どうして!ど うして!どうして!どうして!どうして!どうして……!!」
気絶したのだろうか、腕の中でクラウドはぐったりしたように動かなくなる。 クラウドがもう苦悶の表情すら浮かべなくなると、セフィロスはようやく殴るのをやめて、 ひどく腫れてしまった頬を思わず手のひらで強引に掴むと、 張り詰めた糸が切れたように、一気に脱力した。
「どうして……どうして……っっ!!」
腕のマテリアが淡く光っている。全く無意識に、 セフィロスが真っ赤になってしまった頬に触れると、 少しずつ頬の腫れがひいていく……セフィロスは視線が何処にも定まらないまま、 しばらくクラウドの顔を撫で続けていた。 そしてやがてクラウドの頬が元の色をほぼ取り戻した頃だろうか……
クラウドがゆっくりと目を覚ました。 少しぼんやりとした瞳の焦点がセフィロスの顔に合うと、 ……今度こそ花がほころぶように微笑んで……そう、微笑んだ。 そして ずっと話せなかったはずの「言葉」を小さく発する。
「………ちが…う……よ………」
セフィロスが、その目を大きく見開いた。しゃべった。 クラウドが、しゃべった……?ずっと虚無しか映さなかったはずの青い瞳が、 自分をまっすぐ見つめて、優しく光って……
「…だって…、聞こえたから……ずっと、泣いてたでしょ?…愛したいって……それにね」
……………なん……で……?…
「…セフィになら……なにされても…よか…った……」
…………嘘、だ…
「あなたが………すき」
……嘘……おまえが……そんなこと言うはずがない……
「ねえ……ずっと…俺に助けて…欲しかったの?」
だってオレは……憎まれて当然のことをしたから……
「気づくのが遅くて……ごめん…ね……」
それなのに……どうして…おまえは
「もう何も、怖がらなくていいんだよ……」
オレの……一番、見たかった…表情で………
クラウドの言葉が信じられなくて、目を見開いたまま呆然としている。 クラウドは自分からセフィロスの頬を両手で包み込んで、ゆっくりと唇を重ねてきた。
「――――!」
びくっとセフィロスの身体が跳ねる。 クラウドが何度もついばむように唇をふれ合わせている。 まだセフィロスには、今起きていることが信じられない。 訳もわからず混乱するばかりで、ただ…全身が砕けそうなくらい、 クラウドの唇は温かかった……名残惜しそうにクラウドは唇を少しだけ離して、 消えそうな声で小さく囁いた。
「愛してる…」
セフィロスが考えも出来なかった一言を。
「………あ……、…あ…」
セフィロスは怯えるように小刻みに震えて、 知らずセフィロスの見開かれた双眸から涙が溢れ出した。 後から後から勝手に溢れてきて、止め処なくぽろぽろと、 ぽろぽろと、やつれた頬を滑り落ちていく。
「あ……あ…うあああ……あ、ああ……」
全身から力が抜けて、上体を支えられなくなって床に肘をついた。 そのまま床にうずくまるように、深く頭を垂れる。…震え続けたまま。
「……ゆ…る、し…て……」
それはまるでひれ伏すかのようで。
「おねがい……ゆる…して………」
自らの犯した罪の大きさをセフィロスはようやく理解した。 あまりの罪深さにただただ震えが止まらない。一万回殺されたって償いきれない……
「どうか……オレを…許して…欲しい……」
うずくまってカタカタと震え続けるセフィロス、その髪をクラウドはそっと撫でて、 …セフィロスのすべてを赦した。
「……うん……」
クラウドの小さな声に驚いて、セフィロスは涙にまみれた顔を上げた。 そしてクラウドの、聖母のような微笑みを涙で滲んだ目で見て、 安堵なのかよくわからないけれど、涙がいっそうあふれ出した。
「つらかった、ね……俺の胸の中で、泣こう?…セフィ……」
泣き続けるセフィロスの頬や額にいくつもキスを落としてから、 自分の胸の中に迎え入れる。セフィロスが恐る恐る身体を預けると、 胸で頭を抱きかかえるようにしてセフィロスを受け入れた。 胸の中でまだセフィロスは震え続けている。 クラウドはもっと自分の体温を伝えようとしてぎゅっと抱きしめた。
「…クラウド……こわい……オレがオレじゃなくなってく」
クラウドの体温に縋るように、セフィロスは何度も何度も不安を口にした。
「この世界への憎しみで、張り裂けそうなんだ……だんだん頭がおかしくなるんだ」
ためらいがちにセフィロスがクラウドの腰に腕を回して、いっそう強くしがみつく。 少しでも早く震えを止めようとして。
「こわい…こわい……お願い、傍にいて……」
クラウドに抱きしめていてもらわないと、自分がまたおかしくなって、 どこか遠くに飛んでいってしまいそうな気がする。どうかずっと抱いていて欲しい……
「……こわい……」
まだ少し震えている。不安をどうにか吐き出したくて、セフィロスは小さくうったえ続ける。
「こわくないよ……」
セフィロスをしっかりと抱きしめながら、丁寧にその銀髪を何度も梳いていく。 セフィロスはひとつひとつ恐怖を吐き出して、クラウドはそのひとつひとつを受け止めていく。
「みんながオレを化け物って言うんだ」
「大丈夫……ちゃんとセフィには心があるじゃない」
「みんなオレから離れていくんだ」
「離れないよ……俺は絶対に」
「みんないなくなる!……誰も愛してくれない」
長く垂れる銀色の髪をひとふさすくって、キスを贈る。
「俺が愛してあげる」
クラウドの宣言に、まだ信じられないようにセフィロスが不安げな声をあげた。
「……オレが一番?…ねえオレが一番…?」
「うん。…こんなに愛してるのは、セフィだけだよ」
―――ね、セフィにもいたでしょう?セフィを一番に想ってくれる人……
大きく目を見開いた……本当に?本当にオレだけ?オレが一番…?
「…ウォル…フィ……」
愛してくれる?オレを愛してくれる…?クラウドが……他の誰でもない、 クラウドが……オレを……愛し…て?
「セフィ……俺…何か、いけないこと、言った……?」
セフィロスの双眸から溢れ出した涙が、クラウドの裸の胸をしとどに濡らしていく。 それに驚いたクラウドが少し慌てているが、セフィロスが強くしがみついていて、 その表情は伺えない。
「ちが…う……」
泣きすぎて震えた声でセフィロスがそう呟くと、クラウドはまたほころぶように笑って、 セフィロスをしっかりと抱きしめて、愛しい体温を分かち合う。
「セフィ…愛してる……愛してる……」
優しく髪を梳きながら、クラウドは何度も何度もセフィロスへの想いを口にする。 その言葉ひとつひとつに心が震えて涙を零しながら、 クラウドの温もりに溶かされてセフィロスの意識は少しずつ少しずつ遠ざかっていった。 声の続く限り、どうしようもない不安をうったえながら……
「…離れない…で……おねがい……ずっと…そば…に………」



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