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アニマムンディ(Anima Mundi)





うたが聞こえる
きれいな声
伝わってくる、優しい心音の伴奏
おまえの胸の中、あたたかい……
羽にくるまれてるみたいで
すごく、……あたたかい
何だか……とても眠いんだ
ここで眠ってもいい……?
オレが眠りに落ちるまで、ずっと歌っていて
ねえ、オレの頬を滑り落ちる、温かいものは、何?
胸の奥が熱く痺れてて
この気持ちは何?
……何だかとても眠くて
……きれいな声……



















その声ですらあなたを拒絶したら
あなたはどうするの――――?



















本当に…本当に久しぶりにぐっすり眠れたように思う。 ふとセフィロスが眠りから目を覚ますと、ひとりきりで書斎に横たわっていたことに気づいた。
暗い部屋にはセフィロスしかいなかった。最後に意識を手放したときには確かに、 クラウドの胸に抱かれていたはずなのに。クラウドは何処に行ったのだろう。 傍にクラウドのぬくもりが無い、そのことはセフィロスをひどく不安がらせた。
(………クラウド……クラウド何処……!?)

ずる べちゃ

起き上がってセフィロスは、クラウドを探し始めた。 胸に不安の入り混じった淋しさを抱えて。不安で不安で怖くて怖くて、 それを早くクラウドに癒してもらいたくて、ただクラウドをひと目見たくて、 その一心で、螺旋階段を駆け上った。

べちゃ べちゃっ べちゃ

(クラウド、クラウド……!)
クラウドを見つけたら、ああ、何て言えばいいんだろう…… クラウドに抱きしめて欲しい、抱きしめたい…… クラウドが傍にいてくれるだけで、それだけで、オレは心を持った人間だと、 信じられる。愛しい、愛しくてたまらないって、想いが溢れてくるんだ。 そう、この想いをクラウドに伝えないといけない……そして、ずっと傍にいて欲しいって、 言おう……大丈夫…大丈夫な筈だ。クラウドだけはオレのこと、 きっと、愛してくれるから……
(クラウド!)
吹き抜けに出ると、一階にクラウドの小さな後ろ姿を見つけて、 高揚する心を持て余しながら慌てて階段を駆け下りた。

ぐしゃ べちゃべちゃっ

本当に急いでいたからすごい足音だったのだろう、 クラウドがはっとなって俊敏に振り向いた。その視線がセフィロスのそれと合った時、 クラウドの顔が歪んだ。……恐怖に。
(クラウド……?)
セフィロスはその意味が分からずにそのままクラウドに近寄ると、 そういえばさっきから変に粘着質の音がすることに気づいた。 クラウドは声の無い悲鳴をあげて、四肢は硬く強張って、 小刻みにがたがたと震えたまま2、3歩後ろによろめいた。 クラウドの顔があまりにも蒼白なのが心配になって、 セフィロスは足を止めた。 その時だった。蚊の鳴くようなクラウドの声を、セフィロスは、確かに聞いた。


「来ないで…!化け物」











… …クラウ ド……?

……………………………………………………………………………どうし…て?

酷く、……真っ白だった。頭の中が真っ白で、 空虚の中をクラウドの言葉が何度も何度も繰り返し残響のようにひびいていた。 まるで永久凍土の氷原に山彦がどこまでも響きわたるように……
そしてセフィロスは、見た。クラウドの背後にある壁掛けの鏡。 神羅屋敷の古びた鏡。そこに映っていたのは……そこにいたのは、 黒くて、とがっていて、ぬらぬらして、見るもおぞましい、 醜悪としか言いようの無い、恐ろしい……化け物の姿………



…………ああ、……そうか。
これが………オレだったのか。


はかせ……皆がオレのこと普通じゃないって言うんだ
オレにもかあさんはいるの?どうして会いに来てくれないの?
オレはとくべつだってはかせ言うけど……とくべつって、なに?
ガストはかせ……オレは……なに?


あは……はははははは……!
ああまったく馬鹿げた喜劇じゃあないか
この目で見るまで信じようとしなかったんだ
特別は特別だけれど人間ではなかったなどと
とんだお笑い種だ!
とんだお笑い種だ!
愚かな化け物よ、愛を求めるなど
こんな化け物など誰も愛しはしないさ!
誰にも愛されなどしないさ!
さようなら!
さようなら、オレを受け入れなかった世界
さようなら、オレを愛してくれなかったクラウド……
それでもオレは、人であろうとした最期の瞬間まで…おまえを………



どこをどう動いたのか全く覚えていない。ゆらりゆらりと歩くうち、 気づけば屋敷の外に出ていた。ゆっくりとこうべを巡らせると、 何の変哲も無い町が見える。いつもどおりの世界が見える。鬱陶しい…… 何もかも鬱陶しい。いつの間にか腕のマテリアが不穏に輝いていた。 自らの内でささやく衝動のままに腕を上げると、 碧のマテリアはひときわ強い輝きを放った。
“みんナ、きえてシまエ”
「………ファイガ」



クラウドが地下の部屋で目を覚ますと、 ずっと大切に胸の中に抱いていたはずの大きくて小さな存在がいなくなっていた。
「……セフィ?」
先に起きたのだろうか…?胸の中にはほんの少しのぬくもりすら残っていなくて、 クラウドはこらえようのない喪失感にも似た寂しさを感じていた。 セフィロスは何処に行ったのだろう。探そうと思ってゆっくりと立ち上がった。
「……?」
ざわざわと妙な胸騒ぎがした。咄嗟に周囲を見渡していた。 そこには誰もいない。胸騒ぎが止まない。セフィロスが此処にいない所為だ。 今セフィロスを一人にしてはいけないと、クラウドの直感が告げていた。
(……セフィ!)
途端に強い焦燥に駆られてクラウドは部屋を飛び出すと螺旋階段を駆け上がった。 何かに導かれるように一階に下り、迷わず扉を開けて外に出ると、 そこには信じられない光景が広がっていた。
炎に包まれた町……
「ど…うして……?」
ごうごうとうるさい轟音、炎が生んだ熱風がクラウドに吹き付けた。 焼け落ちていく建物。あちこちに倒れている死体。彼らの身体に残った傷は、 明らかに刀で斬り付けられたものだった。途端、 フラッシュバックのようにクラウドの脳裏に映し出されたモノクロームの光景。 狂ったように笑いながら片端から村人を殺戮していくセフィロスの姿。
……いたい………
「………痛、い……痛い…よ……」
空気が、痛い……まだ残ってる……深い…絶望……あのひとの……
「……ねえ………俺じゃ、駄目だった……?セフィロス……」
あのひとの破綻を止められなかった……あんなに救いを求めていたのに……
「俺の想いは……虚空をすり抜けた……だけ?」
―――こわい……クラウド…こわいんだ……―――
自らの狂気に怯えて、俺の胸の中で泣いていた、セフィロス
―――お願い、傍にいて……―――
「…ううん……それでも、まだ……することがある」
あのひとを救うことは、もうできないのかもしれない……でも、何もしないまま、 あのひとを一人にできない……一人きりにしたくない……クラウドは、無我夢中で駆け出した。
焼け焦げた母さんと
血を流したティファと
ボロボロになったザックスと
それは、砕け散ったあなたの心の欠片
ひとつ、またひとつ、拾い集めて
星の光の中であなたと対峙する、氷の目をしたあなたと



ニブル魔晄炉の炉心部。クラウドの姿を認めたセフィロスは、眉ひとつ動かさずに 「母さん」の首を持っていない方の手で、正宗をやや下段に構えた。 セフィロスにはもう、目の前にいるのが誰なのかすら判らなかったのだ。
「――セフィ……ごめん、ね」
セフィロスと向き合ったクラウドは、セフィロスのその表情を見た瞬間、 無意識に溢れた涙が次から次へ頬を伝うのを感じながら、謝罪した。
「俺の想い……あなたにちゃんと届かなかった」
セフィロスの瞳は冷たくこごっている。その瞳を真っ直ぐに、見て、 クラウドは一歩ずつセフィロスに歩み寄った。
「あんなに泣いていたのに。……助けてあげられなくて、ごめんね」
持っていたザックスのバスターソードが、力の抜けた手から音を立てて落ちた。 クラウドは怯むことなく、一歩ずつ、ゆっくりと近づいていく。
「…ごめんね……あなたにそんな凍え切った顔をさせて」
クラウドは自らの胸の中心に、正宗の切っ先が当たるまで近づいた。 冷たい刀身、正宗の刀身の分だけふたり、離れた物理的距離。 クラウドは哀しげに、というよりはどこか淋しそうに、ふっと微笑んだ。
「ごめんね、セフィ……これが俺にできる……最後の………」
ためらわず、クラウドは前進した。鋭利過ぎる正宗の刃が、クラウドの胸を貫く。 忽ちクラウドの顔が苦痛で歪んだ。それでもクラウドは前に進み続ける。 距離を、砕こうとして。
「…ふ、ふふ……おかしい……ね?…セフィ……俺…母さん、死んじゃったし…… 家も、焼かれて……」
ずず、ずっ、とクラウドはぎこちなく前進しようとする。 まるでドライアイスの仮面のような顔をしたセフィロスを真っ直ぐ見つめたまま。
「なのにね……それでも…俺……あなたのこと……まだ」
言いかけて、クラウドが血の塊を吐いた。ぼとぼとと大量の血が足元に落ちる。 口元を真っ赤に染めながら、それでも、これだけは伝えたくて。
「こんなに……あいし…てる」
…ぽ、た……ぽた……と微かな音。正宗の長い刀身をつたったクラウドの血が、 刀を構えたセフィロスの手にたどり着いてぽたりぽたりと落ちていく。 血に塗れていくセフィロスの手、セフィロスの手元が、 いつしか、かたかたと小刻みに震え始めていた。
「………ど…ら…うど……くらう…ど?」
氷の彫像の様な表情だったセフィロスの唇が何かを確かめるようにぶつぶつと動いた。 融解の兆しが僅かにその瞳に光を戻す。
「ラウドク…ラウドクラウド…クラウド?………クラウド…?」



クラウド……
クラウド……?
そこに、いるの、か…?
……ああ…また、オレ、すごく怖い夢、見てたんだ……
おまえのことがわからなくなって…おまえを殺してしまう夢……
おまえだけは殺せない……幾らおまえがオレを…拒絶、しても……
すごく怖かったんだ……おまえの血で、手がぬるぬるして……
ほんとうに……夢で……よかった……
よかっ…た………



血まみれ

クラウドが
胸から不自然に刀が生えていて
真っ赤な口元と
ぬめる手
「…ち……?」
すごく血が出てる
すごく
すごく
そんなに流すと、しんでしまうのに
しんでしま…う?
し……んで…?
「……、…ぃや、だ……」
クラウドが…しんでしまう
「クラウド………嫌だ……い、嫌だ!嫌だ!!」
いなくなる……クラウドが
「嫌だ!死ぬな……死ぬなあっ!!」
(……もう何も、怖がらなくていいんだよ)
生まれて初めての恐怖に涙が溢れて
「嫌だ!嫌だ!!オレをおいていかないで!おいていかないで!!」
(……俺が、愛してあげる)
喪失という恐怖に魂が恐れおののいて全身が震えて
「オレをひとりにしないでええぇ!!……クラウド!!!」
血を吐くような絶叫……それが届いたのか届かなかったのか、 クラウドが朦朧とした意識で顔を上げると、 そこにひとりきりで泣き喚いている小さな子供がいた。 一瞬だけクラウドは不思議そうな顔をして、あぁそこにいたんだね、そう思って、 ゆっくりと手を伸ばして子供の頬を次々と滑り落ちる涙を指ですくい取ろうとした。
「なかないで……」
泣きやんでくれるよう、ふわりと羽根が舞うように微笑んだ。 その表情は優し過ぎて、セフィロスは思わず泣き叫ぶのを止めて茫然とした。
「…?」
………どうしてこの子は、自分が死にかけているのに、まだオレを…いたわろうと……
「………くらうど……」
……胸が……熱い?…熱く痺れて…さっきまで……あんなに凍えていたのに……… 何かが、溢れてくる……オレは……そう、おまえが…好き……好き……… おまえには、…ずっと、笑っていて欲しい……この気持ち……おまえを、 …慈しみたい…心から……ああ、オレは……今度こそ、
おまえのために……生きたい……!
その時、セフィロスの腕にあったマテリアが、かつて無いほどまばゆく輝きだした。 回復のマテリア。無意識に発動した魔法。柔らかい光がクラウドを包むと、 胸のひどい出血が少しだけ和らいだ。
「クラウド……!」
張り詰めた糸が切れたように、力なくクラウドが膝をついた。 セフィロスは正宗から手を離してクラウドを抱きかかえる。
「クラウド、クラウド!しっかりしろ、今ケアルガをかけるから……!」
必死で呼びかけると、うっすらと目を開く。視線がかみ合って、 クラウドは心から安心した微笑みを浮べた。
「よか…った……優しい…セフィに、戻った…ね……」
クラウドの微笑みが移った様に、セフィロスも泣き笑いのような表情を浮かべた。 そして腕のマテリアを掲げてケアルガを抽出しようとする。 しかしその時、頭を強く打たれたようにセフィロスの中でひとつの意識が響いた。
―――ああ本当に目障りだわ、あと少しだったのに
「な、に……!?」
―――早くいらっしゃい、私の息子、セフィロス
気づくと、セフィロスの左手から腕にかけて、銀色の髪の毛らしきものが幾重にも絡みついていた。 ……斬り落とされたジェノバの首。
―――ねえ……あなたの本当の姿を見たクラウドは、何て言っていたのかしら?
「!!!」
セフィロスの身体が完全に凍りついた……その瞬間、腕に巻きついた首がひとりでに、 物凄い勢いで動いた。セフィロスの身体も、それに引っ張られて、大きく傾いだ。
「セフィ!!」
首に引き摺られ、魔晄炉の底へ、落ちていく。星の胎内へ。 小さくなっていくクラウドの姿をセフィロスは驚愕の表情のまま見つめながら、 クラウドの言葉……正しくはジェノバが見せた幻影の言葉が、 胸の中で何度も何度も響き続けていた。
―――「化け、物」―――

















ああ……まだ、泣いているのか。子供の頃のオレが
もう泣きやむんだ。誰も来てはくれないのだから
オレたちはもう誰の手も求めてはいけないのだから











クラウド
クラウド
クラウド…?
……クラウド?
愛しい…クラウド……
おまえを思い出せる時間がだんだん少なくなってきている
それはオレが正気で居られる時間が少なくなってきているということ
じきにオレは母にすべて侵食されるだろう
正気を忘れて、おまえのことも忘れて
でも、それは……耐えられない…
早く来て
オレにとどめを
おまえを忘れてしまう前に
おまえにならきっとできるから
感情が邪魔してオレを殺せないというなら
どうかオレを心から、憎んで……
愛して欲しい…なんて……もう言わない
………許して欲しい、なんて……もう……言わない…から
……どうかこの星の底で、おまえにキスする夢を見させて……





おまえを、愛している……溢れ落ちそうなこの想いは、
オレの底にしまいこんで、最期の時まで抱いて行く。











今回の挿絵は「Echo」の黒住カヨ嬢に描いていただきました。
わたしでは、どうしても描けなかったからです。
狂気というもの。
快く引き受けてくださった黒嬢に大感謝です。

さても
鬼畜に初挑戦→ざんぱい
元来鬼畜は苦手でほとんど読まないので
「鬼畜とは何ぞや」から始めないといけませんでした
結果辛いんだか甘いんだか…むしろすっぱいような
酢豚みたいな微妙な味になってしまいました
でもバッドエンドではありません
その強い思い込みで諦めてしまったセフィロスを
引っぱりあげるのがクラウドです
大丈夫。これが終わりじゃないから。

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