セフィロスとザックスは、霧の立ち込める森の中をかれこれ6時間ほど歩いていた。 ふたりが目指しているのは森を南に抜けたところにある軍の宿営地だ。
しっとりとした霧は人の心を惑わせるようだ。前方も後ろも乳白色に染まり、 行くべき道をたやすく見失う。聞こえるのは地面の枯葉を踏む音、自らのかすかな息遣い。 まるで己のみが真白き世界に迷い込んだように。
セフィロスはずっと無言で、時折コンパスを取り出しては方角を確認する。 後ろをついてくるザックスは随分前から何か言いたげにしているが、 セフィロスの背中を見ながらなかなかそのきっかけを得ることができずにいた。
セフィロスが、何度目かわからないが時計を確認すると、 とうとう吐き捨てるように小さく口を開いた。
「……こんなにかかるものか」
その言葉を聞いたザックスもとうとう不満をぶちまけた。
「だろ?やっぱりおかしいって!道に迷ったんじゃねえの?磁気が狂ったとかで」
「だが、コンパスはずっと安定している」
「この霧もおかしいぜ。肌にまとわりつくみたいだ」
「ザックス、気づいているか?」
「……なんだよ」
「さきほどから、生き物の気配がまるでしない」
「……まさか。ここは森だぜ」
ザックスの顔がひきつる。しかし彼とてソルジャー、 気配の有無は感覚的にわかる。辺りは鳥の声ひとつせず、 しん、と奇妙な静寂に包まれていた。
「落ち着かない。微生物すら息をひそめているように」
「セフィロス……嫌な予感がする」
「……霧が晴れてきた」
少しずつ辺りを見渡せるようになり、わずかにふたりが安堵した、次の瞬間だった。
「!」
咄嗟に身構えた。前方、さほど離れていないところ、 草木の茂み、木々の根っこ、本来なら「ただの森」、 そんなところに、黒くうごめく塊が、ひとつ、ふたつ、みっつ、横たわっていた。
「なんだと……?」
「気配が……まるでなかった……」
黒い塊が、漆黒の衣をまとった人影であることに気づくまでわずかに時間を要した。 ちょうど横たわる体勢で目の前に転がっていた「それら」は ゆっくりゆっくりと起き上がり、いっせいにこちらを「見た」。
セフィロスは眉をひそめた。フードからのぞくはずの顔は、影も形もなく、 それらがまとう漆黒の服のそれよりも、どこまでも暗闇であったから。 その姿に、セフィロスは何故か既視感を覚えた。 だが今は疑問に思うことはせず、すっと正宗を構えた。
「答えろ」
セフィロスとザックスは、全身で警戒しながら、 いつでも攻撃に移れるように神経を集中させる。
「人か、亡霊か。敵意があるか否か」
正宗の刃を黒ずくめのひとりの首筋に突きつけ、セフィロスは問うた。 するとその黒ずくめは、ローブに隠されて見えない「手」で、ついと刀をつまんでみせた。
「およしなさいまし、セフィロス様」
「敵意はございませぬ」
「敵意はございませぬ」
そのひどいしわがれ声にザックスはぎょっとした。 セフィロスはわずかに逡巡したのち、おもむろに正宗を収めたが、 当然のごとくいまだに警戒を解かない。
「声からすると老婆か。なぜオレの名を」
「よう参られた。セフィロス様、神羅の英雄」
「よう参られた。セフィロス様、星の脅威」
「よう参られた。セフィロス様、いずれは神となられるお方」
セフィロスよりもザックスが「へえ?」と素っ頓狂な声をあげた。
「なんだなんだ、今流行りの細川なんとかの予言か?セフィロスもおい、 ぼけっとしてないで、何か言えよ。変な予言だぜ、神とか何とか。 でも、俺には何も言わないんだな」
「よう参られた」
「よう参られた」
「よう参られた」
「セフィロス様よりは小さくて、ずっと大きなお人だ」
「それほどの運もないが、ずっと幸運なお人だ」
「親友が英雄になる、自分がならんでもな。さ、よう参られた。 セフィロス様にザックス様」
「……馬鹿なことを」
セフィロスは顔を歪めた。ある種の嫌悪感によって。
「オレは確かに神羅の英雄かもしれない。だが星の脅威とは何だ? しかも神とは。ふざけるのも大概にしろ。 俺が知りたいのは戯言ではなく、この森を出る方法だ」
すると、黒ずくめたちが小刻みに震え始めた。嘲笑っている。けたけた、と。
「そう言いなさるな」
「言いなさるな」
「わしらが言うことはまことのことばかり。忘れなさるな」
セフィロスは苛立ちながらもう一度繰り返した。
「道を教えろ」
「セフィロス様、ご忠告申し上げる」
「あなたは星の脅威となられる。生命の奔流に流されてから」
「あなたは神となられる。金の雛が閂(かんぬき)をかけるまで」
さっぱりわからない、とザックスがセフィロスに話しかける。
「この黒い奴ら、頭がおかしいのか?意味のわからないことばかり言って」
「とにかくオレたちは道を聞きたい」
「セフィロス様、あなたのためにご忠告申し上げる」
「自身を強くお持ちになりませ」
「お持ちになりませ。どうか惑わされぬよう」
まったくかみ合わない会話に、セフィロスの眉がぴくりと跳ね上がる。 それを見たザックスが「やべー怒ってる」と顔を青くさせた。
「この森を出るにはどうしたらいい」
「セフィロス、様、これだけ助言を」
「あなた様、は、他でもなく、人間です」
「人間です。それ以上でも、以下でもなく」
黒ずくめは、苛立ちを助長させるかのようにゆったりとした口調で。
「………。この、森を」
セフィロスがいい加減声に怒気を含ませてそう言いかけた直後だった。
「あーもう!さっきから、下手に出てりゃあうるさいね!」
「こんな、話を聞かない奴だとは思わなかった!」
「せっかく、人が教えてやろうというのに!」
突然黒ずくめ達がきいと喚いた。フードの中は真の暗闇で表情を伺うことはできない。しかし どうやらセフィロスより先に堪忍袋の緒が切れたようだ。 セフィロスとザックスは驚愕するというより呆れたように、 怒る気も失せて顔を見合わせた。
「……旦那より短気なやつだったみたいだな」
「もう一度訊こうか?この森を出るには」
「あっちだよ!あっち!!」
セフィロスが言い終わらないうちに、黒ずくめの一人がある一方向を指し示した。
「感謝する」
無感動にそれだけ言うと、さっさと歩いていってしまう。 ザックスもそれに気付き慌ててついていく。 三人の黒ずくめはふたりに聞こえるよう声を大にして叫んだ。
「行っちまえ!」
「疾く行っちまえ!」
「後で何て言っても、もう教えてやらないからね!」
けたけたけた、と嘲笑う声が森に響き、それは次第に遠く、遠く、
掻き消えていった。























「あーあ。物分りの悪いやつを相手にするのは疲れるね」
「顔はよかったけどね」
「やたらと偉そうだったし。『クロツグミ』を怖がりもしないで」
「でも、かわいそうではあるよねぇ」
「黒髪さんは、親友をかばって蜂の巣にされるし」
「銀髪さんは、恋人と敵になった挙句にその恋人にめった切りにされて」
「救いといったら、親友であり、恋人である『金の雛』」
「全部教えなかったけど、よかったのかね」
「本人がなんとかするさ」
そのとき、また『波』が彼女らに伝わった。
「お待ち。ヘカティーだよ」
「え?もう仕事?」
「早すぎやしないかね」
「失敗したからだって」
「ヘカティーのやつ絶対怒ってるね」
「たまにはあんたが働いてみろっての」
ひときわ強い『波』が押し寄せた。
「ひゃー、はいはい、ちゃんとやりますよ、ヘカティー様……」
「ヘカティーが一番怒りやすいんだから」
「ほんとにねぇ」
ねじくれた空間に、けたけたけた、と笑い声が響いた。


























「どうした?旦那」
「あ、ああ……」
ふと歩みを止めたセフィロスに訝しんだザックスが声をかけた。
「さっきの黒いやつら、気になってるのか?」
「…………」
「新手のモンスターかもしんねえな。科学班に何か言われるかも」
「…………やっぱり戻ろう」
「でもあんたって特に科学班嫌いだろー…って、ええ?戻る!?」
来た方向に引き返し始めたセフィロスにザックスは慌ててついていく。
「今、思い出したんだ、あの姿……」
「へ?」
「見たことがある気がする……」
黒ずくめの―――
「だからって、急ぎすぎ!そんな早歩きは疲れるぜ〜少しは俺のこと考えてる?旦那ぁー」
「…………」
「そこまで気にするほど、信憑性のある予言だったか〜〜?俺にはさっぱり……」
「…………」
「俺に向かってだって、大きいだの小さいだの、俺は大きいに決まってるだろ!」
「……冗談だろう」
「?」
「森が……消えた……」
さっきまで通ってきた道を引き返しているだけのはずだった。 なのに。目の前にはもう森はなく、代わりに、 目指していたはずの宿営地のテントが遠目に見えた。
「……マジで?」
ふたりは呆然と立ち尽くし、ヒグラシの声が空しく響いていた。
「……ザックス」
「…なんだよ」
「おまえは、オレが星の脅威になると思うか?」
「まさか。クエイガで環境破壊するくらいしか想像できねー」
「オレもそう思う。この星には、あの子がいるから…… だが、本当にあの予言が当たっているのだとしたら? 現に、まるで化かされたように、森はこの通りだ」
「…………」
「……それでもオレは、あまり怖くないんだ」
「なんでだ?」
「オレが道を誤るのだとしたら……きっと、あの子が止めてくれる」
「けっ、けっ。聞いた俺が馬鹿だったよ」
足元にある石ころを蹴っ飛ばして、ザックスは思いっきり伸びをした。
「もう難しく考えるの、やめね?それよりさっさとミッション終わらせて、帰ろうぜ」
「……ああ、帰ろうか。オレたちの帰るべきところに……」
大切な幼い人の面影を思い、セフィロスはほんの少し目を細めた。
どちらともなく歩きはじめた。道は、見えていた。


参考 新潮文庫 シェイクスピア『マクベス』 福田恆存訳

『マクベス』わたしは大好きなのですが、
いまひとつ噛み砕ききれなかった感があります。むつかしい……

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