あるところに、三人の魔女がいた。彼女らに名前は無い。
彼女らは、老いていて、若かった。醜くもあり、美しくもあった。 空を駆け、海を渡り、彼女らは常に同じ座標軸に存在し、 かつ同じ場所にいることはなかった。
彼女らは因果律に身をゆだね、一方でそれを打ち砕くことを生業とする。 人の心に入り込んでは因果を産みつけ、そそのかしては歪な真実を告げる。
「それでさぁー聞いておくれよ、その男、なんて言ったと思う?」
「雷落としたらまっくろにこげちまって、どかせられないのさ」
「なつめを『おくれ』と言ったのに無視されてさ、腹が立つのなんの」
彼女らのたわいのないおしゃべり。
しかし彼女らは本当に『しゃべって』いるのか、 振動しているのは本当に空気なのか、その波長はどのように?
答えられるものはここにはいない、彼女らは、 それぞれが同じ次元にいるのかすらわからない。 ただ意思の疎通さえとどこおらなければ彼女らにとっては何も問題は無いのだ。
「ちょっとお待ち」
三人のうちいずれかの一言で、突如おしゃべりがやんだ。 彼女のある感覚が「あるもの」を捉えたのだ。 彼女らが感じたのは一種の特殊な『波』、それはいっせいに彼女らに届き知らせるもの。
「ヘカティーだ!」
「まぁた、お仕事?」
「今度はどんなだろうね?」
ヘカティーからの『波』は順を追って変化し、 それを受け取った彼女らの脳裏にはあるイメージ(映像)が再生された。
彼女らの中で再生されたそれは、ふたりの青年の姿だった。 ひとりは銀の長い髪を持ち、もうひとりは黒い髪をしていた。 そして彼女らそれぞれに、ふたりの青年のさまざまな情報が与えられていく。 これは彼女らの『仕事』に必要なことだ。
「あら、いい男」
「あんたの好みだね」
「前の男らより断然いいわぁ」
そのイメージは、『波』のゆらぎ、変化につれて情報が入れ替わり立ち代り、 その情報とはつまり青年らの過去であり、現在であり、未来であり、 まるでひとつの映画のように流れていく。
「あれ?あれ?ひっどーい」
「何が悪くてそうなっちゃうんだか?」
「あ、でも、よく見て、救いがないわけじゃないね」
「よう気づいた。あの子のことだね」
やがて全てのイメージが伝え終わると、彼女らは心なしかはしゃぎ始めた。
「めったにない相手よ」
「おめかししなくちゃ」
「駄目駄目、ヘカティーに叱られるよ」
すると、『波』がまた彼女らに伝わった。
「ほらぁ、駄目だって。今回は『クロツグミ』だって」
「なぁんだ、色気ないねぇ」
「仕方ないさね」
言葉とは裏腹に、彼女らの声はいきいきと、まるで老婆が少女に立ち返ったように。 なんだかんだ、彼女らはやはりこの「仕事」が好きなのだ。
「支度は整ったね」
「ゆこうか」
「きれいはきたない、きたないはきれい。さあ、飛んでいこう、 霧の中、汚れた空をかいくぐり」


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