救済者

確かに、記憶を取り戻してからのクラウドは、少しおかしなところがあった。 時折ものすごくつらそうな顔をしたり、自分の身体を抱きしめるような仕草をしたり、 かと思えば突然無表情になったり。
話しかけるといつものクラウドに戻ってくれるから、 そんなに気にしてなかったんだけど……だけど私たちは、 クラウドという人間が実はとても脆いひとだったということをある日思い知らされた。
それはセフィロスを倒してからほとんど間の置かない頃だったと思う。 私たちはそれぞれのいるべき場所へ戻るためにハイウィンドで送ってもらってる途中だった。
補給するためにロケット村へ寄ったときそれは起きてしまった。 一人で散歩に出かけたクラウドが足を滑らせて崖から落ちたのだ。
崖下で気を失って倒れていたところを村の人に見つけられて、 幸い怪我はたいしたことなかったから、 シエラさんの部屋に目が覚めるまで寝かせてもらってた。 でも次に目を覚ましたとき、クラウドはおかしくなってた。 このクラウドを見て「おかしい」という人がどのくらいいるのか私は知らない。 でも確かにクラウドはおかしくなってしまった。
崖から落ちたときに頭を打ったんだろう、と医者は言った。 治りますか、と聞いたらひどく難しい顔をされて私たちは呆然とした。
でも、いずれにせよ私たちはクラウドを看病しなければならなくなった。 私は進んでクラウドの看病を引き受けたのだけど、この「看病」が、 ある意味楽ではあったけど、ある意味非常に厄介だった。
幸いなことにシエラさんは快く部屋を提供してくれた。だけど、 正直私はクラウドの看病を続けられるか自信がなかった。 魔晄中毒のとき以上に、クラウドの状態は見ていて「悲惨」だったから。


「ティファ、クラウドの様子はどうだ?」
今日はヴィンセントが訪ねてきた。 一度は故郷などに帰った仲間たちはかわるがわる様子を見に来てくれる、 シドも暇さえあればやってくる。
私は努めて明るく振舞おうとするけれど、 特にヴィンセントのような鋭い人にはすぐにカラ元気がばれてしまう。 今日も私の様子で、クラウドの状態が相変わらずなことが 言わなくても分かってしまったみたいだった。
「……そうか。一応、クラウドと会ってもいいか?直接見たい」
私は頷いて、ヴィンセントを部屋に案内した。部屋の中は薄暗い。 それは、クラウドが明かりをつけるのを嫌がるから。 ぎいとドアを開けて部屋に入ると、クラウドはすぐに私たちに気がついたみたいだった。
「何しに来たの!?」
クラウドはベッドの上にいた。腕には、銀色猫のかわいらしいぬいぐるみを抱いてる。 彼は明らかにこちらを警戒してにらみつけた。
「わかってるよ、セフィロスを奪いに来たんでしょ!」
クラウドが銀色猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。 ヴィンセントはできる限り穏やかな声でクラウドに話しかけた。
「私たちは、そんなことはしない。少し話をしたいだけだ」
「嘘、嘘!」
クラウドは顔を歪めて激しくかぶりを振る。そうかと思えば次の瞬間、 嘘みたいに穏やかな顔をしてみせる。銀色猫のぬいぐるみに向かって。
「ああ、ごめんなさい、大きな声出して。怒らないで? だって俺、もうセフィロスと離れたくないの」
クラウドは優しい手つきでぬいぐるみの毛並みを撫で続けている。 私たちは複雑な表情で顔を見合わせると、一旦部屋から出ることにした。


「セフィロスはどこ?」崖から落ちて目を覚ましたクラウドが 開口一番に発したのがこの言葉だった。 その言葉の意味がわからないでいる私たちを尻目に、彼はきょろきょろと部屋を見渡すと、 たまたま部屋にあった「それ」を見た途端ぱあっと目を輝かせて「セフィロス!」と叫んで それに抱きついた。
それは銀色の毛並みをした、女性が好みそうな、 大きな猫のぬいぐるみだった。 「セフィ、セフィロス、会いたかったよ……俺、ずっと怖い夢を見ていたの。 あなたがいなくなる夢。………夢で、よかったぁ……」
私、クラウドがあんな表情できるなんて知らなかった。 涙まで流して頬をすり寄せて、あんなに幸せそうなクラウドの顔なんて見たことなかった。 クラウドのその表情はひどく美しくて、 だけどうっとりとぬいぐるみに話しかけるクラウドは明らかに異様だった。
そう、クラウドは、銀色猫のぬいぐるみをセフィロスだと思い込んでた。 たぶん、正気だった頃のセフィロスだと。
「もう独りにしないで」って何度も何度も言いながら銀色猫のぬいぐるみを抱いて 彼はいつも独りでいた。私たちがどんなに諭してもクラウドは耳を貸さなかった。
それどころか私たちが近寄るとぬいぐるみを取られることを恐れてかひどく抵抗した。 私たちのことなど忘れてしまっているみたいだった。 ……これが、私たちにはひどくこたえた。
クラウドのなかには、もうセフィロスという男の残像しか存在してなかった。 ううん、きっと、ずぅっと前から、クラウドのなかにはセフィロスしかいなかったんだと思う。 私たちが気づかなかっただけ。そして私たちが、クラウドのなかの セフィロスという巨大な空白を埋めるだけの存在ではなかっただけ。
クラウドがかつて英雄セフィロスと恋仲にあったことは随分前にケット・シーから聞いてた。 だけど、クラウドはそんなこと一言もしゃべってくれなかったから、 私も気にしてなかった。
ずっと一緒に旅していたのに、私、気づかなかった。 エアリスだったら、もしかしたら気づいてたのかな?ごめんね、クラウド。 私、何の役にも立てなくて。今も私は、壊れてしまったあなたをただ見守ることしかできない。


ロケット村に夜の帳がおりたころ、私とヴィンセントは床に敷かれた布団から静かに起きだして 、小さな豆電球の明かりをつけた。
「よく眠ってるわ」
ヴィンセントと私はベッドで寝息を立ててるクラウドを見つめた。 胸にはしっかりと銀色猫のぬいぐるみを抱いてる。 柔らかい素材のぬいぐるみは、可愛そう、抱きしめられ過ぎたのか、 少しいびつな姿になってしまってる。 クラウドの表情はひどく安らかで、 あるいはセフィロスの夢を見てるのかもしれない。
「なあに?ヴィンセント、話したいことって」
クラウドを起こさないように、小声での会話。 ヴィンセントは周囲に誰の気配もないことを確認して、こう切り出した。
「ティファ。セフィロスを倒した後のクラウドの様子を、覚えているか?」
「…………覚えてないわ」
「ティファは嘘が下手だ」
ヴィンセントの言葉に、思わず苦笑した。
「今のクラウドは、たまたま傍にあったぬいぐるみをセフィロスと思うことで、 辛うじて心の均衡、それもひどく細い糸をつないでいるように見える。 だから、セフィロスを倒した直後のクラウドが正気を保てていたとは到底思えない」
「…………」
「クラウドは足を滑らせて崖から落ちたと言われている。 だが、本当に足を滑らせたのだろうか」
「まさか、……」
まさか……その先の言葉が告げなくなってしまった。
「無論、確証があるわけではない。ただ、クラウドの様子を見て、そう思っただけだ」
まさか、クラウドが自分から?そんなことあるわけない、 そう思いたいけど、でも、セフィロスを倒した後のクラウドの小さな後姿が ふと脳裏に思い出されて……あわてて首を左右にぶんぶんと振った。
するとベッドで眠るクラウドがちらと視界に入った。 ――ひどく穏やかな顔をして。その顔を見て、私はこう思わずにはいられなかった。
「クラウドは……今のままが幸せなんじゃないかしら」
たとえいびつな姿なのだとしても。思い込みの世界に過ぎないのだとしても。
「だって、あんなクラウドに、セフィロスがいないことが 受け入れられるわけないじゃない……」
「……私もそう思った。だが」
「何か、あるの?」
「今のクラウドは、……ひどく無理をしている。唯のぬいぐるみを、 最愛の人間だと思い込もうとしているのだからな。 ぬいぐるみは、話さないし、温かくもない。鼓動すらしないのに」
これは、推測に過ぎないが……とヴィンセントは厳しい表情のまま続ける。
「いつか、破綻しかねない。かつてのクラウドが、自身を見失ったように。 そしてその時こそ、最悪発狂死、あるいはクラウドは自ら 死を選ぶことになるかもしれない……」
「そんな……」
八方ふさがり。そんな言葉が頭をかすめた。 でもどうしても認めたくない自分がいる。あきらめの悪い、女々しい自分が。 だけど今はその自分にすら縋りたい自分がいて。
「クラウドを救済する手段は……ないの……?」
あるいは……とヴィンセントがかすかな声でつぶやいたのが聞こえた。
「あるいは……神にのみ可能なことか……」


翌日、朝早くにヴィンセントは村を去っていった。 別れ際、「あまり思いつめるな」って言ってくれたけど、ちょっと、自信がない……。
入れ替わりで来てくれたのはシドとシエラさんだった。 それにしても、シドが私の顔を見るなり突然怒鳴りつけてきたのには驚いた。
「なんだぁ?ティファ、なんてぇ顔色してやがる!」
「シド……」
「どうせ、昨日居た辛気臭い奴の所為だろ。けっ、やめちまえ。 クラウドは俺が見といてやるから、散歩でも行って来い!」
シドの遠まわしの気遣いが嬉しかった。確かに、私は気を張り詰めすぎていた。 クラウドの看護は、物理的には魔晄中毒のときよりかなり楽だ。 食事を出せば食べてくれるし、トイレにも自分で行ける。 だけど、精神的に、見ていて、すごく……つらい。
このことは私が思った以上に私自身を追い詰めてたようだった。 シドの忠告に従って、私は村の周辺を散歩することにした。
歩いていると目に入ってくる、しばらく見ていなかった野草や昆虫たち。 深く息を吸い込むと清涼な空気が体内に行き渡り、 心なしか心身に降り積もった毒素が消えてゆく錯覚を覚えた。本当に、錯覚なのだろうけど。
空を見上げると、涙が出そうなほど青い空に浮かんでる雲が ゆっくりと流れていくのがよく見える。 雲、cloud、クラウド。クラウドって雲みたい、って、何となく思う。 捕まえたと思ったら手のひらをすり抜けていく、とらえどころのないところなんて、 本当にそっくり。
空を流れる雲の形は、人の顔だったり、動物の姿だったり、変幻自在。 その変化が面白くて、私はしばらく空を見上げたまま歩いていた。
危    険
ふと、ぞわっとする感覚が身を包んで、私は思わず歩みを止めた。 すると驚いたことに、いつのまにか本来の道をそれていて、 私の足元わずか1メートル足らずのところから崖になっていることに気づいた。
そのまま歩き続けていたら危なかったな、と背筋が寒くなりながらも、 怖いもの見たさからか私はひょいと崖を覗き込んだ。
それなりに崖は深くて、軽く10メートルくらいありそうだ。 クラウドが落ちた崖もこのあたりなのだろうかと、ふと思った。
ずっと見下ろしていると、不意に崖下に吸い込まれそうな感覚を起こした。 クラウドは、この感覚にひきずられるままに身を投げたんだろうか、 あるいはさっきの私みたいに上ばかりを見て足を踏み外したんだろうか。 ううん、考えるのはもうやめにしよう、と視線を元の道に戻した、そのときだった。 視界に明るい緑色の物体が見えたのは。
「チョコボ……?どうして、こんなところに」
気がつくと私のすぐ近くに、そのチョコボは来てた。 明るい緑色の羽からすると、おそらく山チョコボ。 こんなに近くに人がいても逃げないのだから、人に飼われているものなんだろう。 その山チョコボは、私の目の前に佇んだまま動こうとしない。
「これは……どうしたらいいのかしら」
おそるおそる山チョコボに触れると、クエッとひと鳴きして、 足を折りたたんでしゃがんでしまった。
「乗れ、ってこと?」
私が疑問に思いながらも好奇心に勝てずに乗ってみると、 山チョコボはすぐに立ち上がって、ひとりでに歩き始めた。始めはゆっくり、 そして次第にスピードを速めていく。
ずいぶんよくしつけられたチョコボだなと思った。 これはチョコボレースに出場してチョコボに乗りなれた私だからこそ思えること。 山チョコボは何か明確な目的を持って走ってるみたいだった。
どこまで行くんだろう、と私は少し不安になった。 気づけば既にロケットポートエリアを出てニブルエリアの山中に来てしまっている。 帰れる当てはないのに少し安易に乗ってしまったことを後悔し始めた頃、 ニブル山の荒涼とした土地とは比べ物にならない、緑が豊かに生い茂った小道に出た。 ニブルエリアに、こんなところあったかしら……。 ここで山チョコボは立ち止まった。降りろ、ということらしい。
「ここで降りろって言うの?あなた、私をどこに連れて行きたいの? こんな場所で降りろなんて言われても困るわよ」
私はすかさず文句を言うが、山チョコボは一向に動き出す気配がない。 しぶしぶ私は山チョコボから降りた。すると山チョコボは「クエッコー」と鳴いて あっという間に小道を駆け抜けて行ってしまった。
「要するに、ここの小道を進めってことね」
もういっそのこと腹を決めた。私は地図を取り出して現在地を確認する。 すると、ここがニブルヘイムから3キロも離れていないことに驚いた。 ニブルヘイムの近くに、こんな緑豊かな土地があったなんて。
「しょーうがないわよ、毒を食らわば皿までよ」
腕輪にマテリアがちゃんとはまっていることを確認して、 私は腐葉土の小道をずんずんと進み始めた。傾斜はそれなりにあったけど、 これくらいの山道ならどうってことない。
それに私はモンスターを警戒していたのだけど、 杞憂だった。拍子抜けするほど平和な小道だった。出てくるのは無害な小動物たちばかり。 私は小鳥のさえずりの大歓迎を受けてしまった。それにほんの15分程度歩いただけで、 もう目的地が見えてきた、本当に拍子抜け。
目的地と思われる場所、それは赤い屋根の、ちょっと年季の入った、 一階建ての小さな家。庭先には、碧色に光る泉があった。 それは昔ニブル山のなかで見た魔晄の泉に酷似してた。
その泉のそばで、さっきの山チョコボが飼い主と思われる人物から餌の野菜をもらってる。 その飼い主が、たぶん私をここに呼んだ張本人なんだろう。私は文句のひとつでも 言ってやりたかったのだけど、その飼い主の立ち姿に、 私はぽかんと言葉を失ってしまった。飼い主は、 顔をこちらにやらなくても気配で私に気づいたみたいだった。
「済まないな。客人を歩かせてしまった。こいつは、ここまで乗せてきたら、 オレが客人の相手をする所為で、餌にありつけなくなることを嫌がったんだ。 頭が良過ぎるのも考え物だな」
彼は黒いシャツに同色の綿パンという非常にラフな姿だったけれど、 長く垂れた銀の髪や縦に裂けた瞳孔などに特徴付けられた彼はまぎれもなく 「セフィロス」で、なのに山チョコボに餌をやり、その羽を丁寧になでる仕草、 こちらに向けられた柔らかな微笑はどう考えても私の知っている「セフィロス」からは かけ離れていて、私はぽかんとする他なかった。
「こちらに来るといい。別に何もしない」
セフィロスは微笑を浮かべたまま手招きしてくる。私はとまどいながらも、 目の前の人がセフィロスであることを少しずつ冷静に認識していった。
するとだんだん明確な形を持った怒りがわきあがってくるのがわかった。
「どうして……」
本人を目の前にしてしまうと、もう止まらなかった。
「どうしてあなたがここにいるのよ!」
私の網膜には、ぬいぐるみをいとおしそうに抱きしめるクラウドの姿が 否応なしにちらついた。
「クラウドは……あなたのせいで、あんなになっちゃったのに!!」
セフィロスは、さっきまでの微笑をしまいこんでしまったけど、 予想に反して別段驚くこともなくこちらを見てる。私はある確信を持って、 怒りが爆発するのを感じた。
「……知っていたのね?」
セフィロスは、こちらから見て、たしかに頷いた。私はずかずかと彼に近づいていく。
「知ってたのね!?クラウドが壊れちゃったこと知ってて、あなたはここにいたのね!?」
ぱぁん、と乾いた音がして私は冷水を浴びたように正気に戻った。 私の平手打ちがセフィロスの頬に命中していた。 力を入れるためにかなり大振りに腕を振ったから、避けようと思えば避けられたはず。
平手打ちを甘受したセフィロスは赤みを帯びた頬はそのままに、 まっすぐな瞳でこちらを見た。
「話を……聞いてくれるか」
あまりにも真剣な瞳で見つめられて、私は思わず頷いていた。


セフィロスは家の中に私を案内しようとしたけど、私は外でいい、と断った。 あるいはまだセフィロスを信用していないのかもしれない。 だけど「敵だ」という警戒の仕方とはまた別の感情だと思う。
セフィロスはまず、どうして自分が生きているのかということから語り始めた。 戦いの後、彼はライフストリームのなかに溶けて、 気がついたらライフストリームが地表に噴出している泉のほとりに倒れていたそうだ。 どうしてなのかはセフィロス本人にもわからない。
ただ、この辺りだけ緑が豊かなのはライフストリームが噴出しているせいなのだとか。 「それがここだ」とセフィロスは傍にある泉を指さした。 私が泉を覗き込もうとすると彼が制止した。
「あまり近寄らない方がいい。時折ライフストリームが噴き上がるから、常人には危険だ」
常人には危険だと言ったけど、セフィロスは大丈夫らしい。 セフィロスが知りたいことはすべてライフストリームが教えてくれたのだという。 それで、クラウドがどうなったかも知ったのだと言った。 その後、昔の隠者が使っていたらしいこの小さな古い家にセフィロスは住みついたのだと。
セフィロスは私たちとの戦いやメテオのことには一切触れなかった。 それは私も同じ、私たちにとってその話はタブーだったから。
「今までの話は、だいたいわかったわ」
ひととおり納得したところで、私はいよいよ本題をふっかけた。
「それで……どうしてクラウドのところに行かないの?」
ざああっと風が通り抜けた。風が私たちの髪をゆらして頬をなでる。 そんな中、セフィロスはしばらく黙っていたけど、やがてゆっくりと口を開いた。
「オレには……会う資格がない」
「それは、罪悪感?あなたが犯した罪に対しての?」
セフィロスは頷いて、ひどくシニカルな笑みを浮かべた。
「それに今更オレが会いに行ったところで、クラウドが治るとも思えない」
確かに、それはそうかもしれない。今のクラウドは、他人の判別ができない。 セフィロスのことも、わからないかもしれない。……でも。
「でも、私には……あなたが、逃げているようにしか思えないわ」
セフィロスがぴくりと反応した。
「それに、だったらどうしてチョコボをロケット村に行かせたの? どうして、私をここまで案内させたの?」
それは……とセフィロスは一瞬言葉に詰まる。でもそれはほんのわずかな間。 ただ、返ってきた声はとても小さかったけれど。
「……迷っていたんだ」
それだけ、ぽつりと言った。でも私にはなんとなくわかった。 セフィロスは直接ロケット村に行く勇気を持てなかったということ。
それでチョコボを向かわせたものの、 チョコボが私を見つける可能性はそれほど高くなかったはず。 そのあたりに、彼の葛藤が伺えた。ただ、どうしてセフィロスが 迷っていたのかまではわからなかったけど。
「どうしてクラウドと会うことを迷っていたのか、言いたくないのね。 それなら、無理に言わなくてもいいわ。でも、これだけ教えて?」
私は究極の、たぶん究極だと思う、質問をした。
「あなたは、クラウドのことをどう思ってるの?」
……私はそのときのセフィロスの表情を、たぶん一生忘れないと思う。 忘れるには、あまりにも……。ああ、負けちゃったな、かなわないな、 って、なんとなく思った。そして、セフィロスが内包するあまりの人間臭さに 私はどこか安堵した。
なぜか、私の両目からは涙があふれて止まらなかった。 もしかしたら泣くことのできない彼の変わりに私が泣いていたのかもしれない。
私は涙を拭うことなく、彼に言った。
「だったらなおさら、あなたはクラウドのところに行かなくてはだめよ」
説得というよりは哀願に近かったかもしれない。
「私じゃ無理だった。私じゃクラウドを救えなかった。 たぶんクラウドを救えるのは……あなただけ」
私はとうとう泣き崩れた。ほんとはクラウド以外の人の前で、 こんな姿は見せたくないって思ったんだけど。だけどどうしてかな、 あまり抵抗はなかった。たぶん、今のセフィロスが纏う空気みたいなものが、 クラウドのそれと何となく似てたから。
セフィロスは何も言わず佇んでたけど、 やがて、私にポケットから出したハンカチを渡すと、自分で手なずけたという、 あの山チョコボを呼んだ。
そしてすり寄ってくる山チョコボに、セフィロスは語りかけた。
「…済まない。もうひと働きしてくれるか?二人は重いと思うが……頼む」
クエッと、山チョコボは元気に返事をした。


「…たわ、…で……たー?かーあー、さ、んーの、……あけ、……こうー、……た…」
クラウドは、部屋の片隅に座って、銀色猫のぬいぐるみを抱いて歌を歌っていた。 ほとんど聞き取れないかすれ声、まるで子守唄を歌う母親のように。 その様子を、セフィロスはさきほどからじっと見つめてる。
「……クラウド」
私が見守る中、セフィロスはひどくためらいがちにクラウドに話しかけた。 でもクラウドは、穏やかな表情で歌を歌うばかり。
「…りーは……どーこーへ…った……」
「クラウド……」
セフィロスは、クラウドの正面に座って、おそるおそるクラウドの頬に触れた。 ゆっくりと両手で頬を包み込む。するとぴくりと反応して、 クラウドの瞳の焦点がセフィロスに合った。
「おじさん、だれ?」
「…………」
ある程度予測できた答えではあったと思う。こちらからセフィロスの顔は見えない。 だけど、どんな表情をしているかは想像できた。
クラウドは、きょとんとした顔でセフィロスを見てる。 けれどセフィロスは、一縷の望みを持って、答えた。
「オレは…………セフィロスだ」
クラウドの表情が少しだけ明るくなった。
「あ、わかった!おじさん、セフィロスのこと知ってるんだ? 今ね、セフィロス眠ってるから、あまり大きな声出しちゃだめだよ。 そう、セフィロスね、普段あんまり寝顔見せてくれないんだけど、……」
セフィロスが、僅かばかりうつむくのが見えた。


「それで、セフィロスでも駄目だったんだ?なぁーんだ」
「オイラも、セフィロスならなんとかなると思ってたんだけどね」
仲間たちは口々に感想を漏らす。あのあと私は、PHSで仲間たちをロケット村に集めた。 今までの経過と、これからのことを話すために。
セフィロスが生きていたことに対しては、みんな私が思ったよりも すんなり受け入れてるように見えた。 それは今のセフィロスに一切の悪意が見当たらないことが大きかったんだと思うけど、 エアリスを奪われた痛みはみんなが抱えているはず。 きっとみんな、心中は複雑に違いない。表に出してないだけだと思う。
「そう、それなんだけどね、私…………クラウドをセフィロスの家に移そうと思うの」
「セフィロスでも治せなかったのにか?」
バレットの言葉に私は頷いた。
「確かに治せなかったわ。でも、クラウドは彼を拒絶しなかったの」
「うん……オイラたち相手だとかなり暴れまわったからね、クラウド」
ナナキがつぶやく。自分の言ったことに少し傷ついたのか、 しきりに炎の灯ったしっぽを上下させた。
「それにね……クラウドはセフィロスと一緒にいたほうが幸せな気がするの」
これはあまり、言いたくないことなんだけど。
「だって、おかしくなっちゃうくらい、好きだったってことでしょ? 私は……クラウドに、幸せでいて欲しいから……クラウドが幸せなら、私も………… きっと、クラウドのこと誰よりも思っているのは、セフィロス…だから………… クラウドはもう、…戻って、こないかもしれないけど………」
しゃべってる途中で思わず視界が潤んでしまった。ちょっと、危ない、かも……。 私はみんなに悟られないように、目を閉じた。
「いいんじゃない?」
最初に答えたのはユフィだった。
「ティファさんが決めたんなら、文句ありまへん」
「そうだな。私たちはティファの意志に従おう」
「けっ、勝手にしろい」
「そこまで言うんなら…オレに不満はねえよ、………だから、泣くな」
閉じた瞳から、涙が落ちてしまった。
「そうそう。……それにね、この中で一番クラウドを思っているのはティファ、だよ」
もちろんオイラも負けてないけど、とナナキは笑った。するとみんなも笑った。 私はみっともない泣き声で、ありがとう、とだけ言った。
よかった。この人たちと一緒でよかった。ねえクラウド、これが、仲間だよ。 私たちの、仲間だよ………私が泣き止むまで、みんなはずっと待ってくれた。
クラウドの隣にずっといたセフィロスに私たちの決定を伝えると、 セフィロスは頷いた。クラウドとセフィロスが山チョコボに乗る。
クラウドは相変わらず銀色猫のぬいぐるみを抱いたままで、 だけど思ったほど抵抗はしなかった。セフィロスに対してだと不思議と 暴れたりしないみたい。
最後に私は山チョコボにまたがったクラウドに そっと語りかけた。
「いってらっしゃい、クラウド………もし、ね?もし正気に戻ったら、 時々でいいから、セフィロスの何百分の一でもいいから、 私たちのことを思い出してくれるかな?みんな、あなたの無事を、祈っているから」
クラウドは私を不思議そうに眺めた。私と数瞬、目が合う。……それで十分だった。 私は頷いて、セフィロスに「お願いします」って言った。
セフィロスは少し考えるような仕草をしてから、 一言だけ言い残して山チョコボを走らせた。
「今まで……ありがとう」
セフィロスとクラウドを乗せた山チョコボが小さな点になって、 やがて見えなくなるまで、私は見送った。 私がクラウドを確認できたのはここまで。 これから先は、セフィロスにすべてを委ねることになる。
だけどどうか、あなたは、クラウドを最後まで見守っていて欲しい。 彼がどうか、幸せになれますように。