第四話


「クラウド!会いたかったよクラウドー!!」
「わ…!ナナキ、重…っ」
中身は子供、しかし見た目は立派な獣。そんなナナキに飛びつかれて、 クラウドはそのまま押し倒されてしまった。 ナナキは大好きなクラウドがコスモキャニオンを訪ねてきたことが嬉しくて仕方ないらしい。
「相変わらず騒々しいことだ」
「うん、ヴィンセントも、久しぶり」
「積もる話もあるだろう。私はスターレットに行っている。二人で話すといい」
こちらも相も変わらぬ無表情で、ヴィンセントはそのように言い残すと 赤いマントを翻してパブの方向へ歩いていった。 ナナキはヴィンセントの後姿とクラウドの顔を交互に見つめ、軽く首を傾げてみせる。
「クラウド…ヴィンセントと一緒だと、退屈じゃない?」
「そうか?」
「会話とかさ、無いでしょ」
「そうか?」
ナナキにとってヴィンセントは少し落ち着き過ぎていて苦手らしい。 クラウドも無口な方だが、その微妙な線引きはナナキ自身にも解らないようで、 ナナキはしきりに首をひねっていた。
クラウドはコスモキャニオンの最上部、天文台に案内された。 かつてブーゲンハーゲンが居を構えていた所にナナキは住んでいるのだという。
「ハーゴ長老は天体観測より本を読める所がいいって言うし、 ブーガ長老なんて『スターレットが遠くなるから』とか言ってさ。 結局じっちゃんの後継者ってことでオイラが此処にいるんだ」
「……凄いな」
お世辞ではなくクラウドは純粋に感嘆の声を上げた。そんな反応を受けて、 ナナキは照れくさそうに耳の後ろを引っ掻いている。
「でも、あと五百年くらいは、じっちゃんには到底敵いっこないもん。 オイラはオイラなりにやるしかないね」
「……ああ」
ふとクラウドの脳裏に、ブーゲンハーゲンが亡くなったときのナナキの姿が思い起こされた。 それはまだ遠くない過去の話だ。
「クラウド……やっぱり元気無いね」
クラウドは内心ドキリとした。
「そんなことない…ナナキに会えて嬉しいよ」
「……何処行っちゃったのかな」
「?」
そう呟いたナナキの表情は、獣のそれである所為か上手く判別がつかない。 ナナキはしっとりとした空気をただただ纏い、炎の点った尻尾を緩く上下させている。
「『俺はソルジャーじゃない』って言ったときのクラウド」
「……」
「あのときは素直に話してくれたよね。オイラ、嬉しかったよ。きっと、皆も」
クラウドはその容貌を翳らせて、目を伏せた。
「……ごめん」
「や〜っぱり」
拍子抜けするほどのおどけた声で、ナナキはクラウドの顔に鼻先を寄せてくる。
「誰にも話してないんだ。ティファにも、ヴィンセントにも」
「…ナナキ、俺には何のことだか」
顔を覗き込んでくるナナキを避けるようにクラウドは俯くが、そんな青年の憂い顔を見据え、 ナナキは語気を強めた。
「とぼけちゃ駄目だよ。皆『知ってる』から言わなくていいって思ってる? でも言わないと『解らない』んだよ。クラウドの想いが」
「俺の想い?」
「そう。クラウドの心の純粋な想い」
クラウドは恐る恐る、ナナキと視線を合わせた。そして、再度その言葉を噛み締める。
「俺の、想い……」
ナナキの獣の瞳に何処かエアリスの懐かしい匂いを感じて、 春先の日差しを浴びるような快さがクラウドの身を包んだ。
「……そうだな」
ナナキもエアリスに毒されてきたのかな…そんなことをぼんやりと思いながら、 クラウドは自身の心情を言葉として抽出するだけの、 僅かばかりの勇気をどうにか己の中に探ろうとして、おもむろに瞳を閉じる。
「ちゃんと、話さないと……いけない」
「うん。オイラ、聴いててあげる」



パブ『スターレット』の客入りはまばらだった。 ヴィンセントはカウンター席の隅に腰を据え、 ロックグラスに浮いた氷が溶けるさまを静かに見つめながら、 時折氷をカランと鳴らしてはウイスキーに口をつけていた。
テーブル席の歳若い女性の三人連れが、ちらちらとヴィンセントの方を覗き見ては盛り上がっている。 ともすると見知らぬ旅の麗人を誘うかどうか画策していたのかもしれないが、 意外にも「隣、良いかのう?」と声を掛けてきたのは、 陽気な雰囲気を漂わせた一人の老翁だった。
ヴィンセントは軽く会釈をして隣のカウンター席の椅子を引く。 この老翁とは面識があった。コスモキャニオンに二人いる長老のうちの一人、ブーガだったのだ。
「二杯目はカクテルがお勧めじゃ。コスモキャニオンの特産じゃからのう」
ブーガは既に顔を赤く染めていた。いや、元々赤ら顔なのかもしれないし、 剥き出しの赤茶けた岩壁と明度を落とした間接照明がそう見せていただけなのかもしれないが。
「この谷はいい所じゃろう。娯楽こそ少ないが、 心が休まるといって老後に越してくるモンも多いんじゃ。おぬしも如何かの?」
何処か皮肉気な冗談だが、ヴィンセントは気を悪くした風でもなく、 ふ、と笑ってまた一口、グラスを傾ける。
「あいにく連れが旅の途中なのでな…」
「……そしておぬしもまた、旅の途中なのじゃな」
その言葉にヴィンセントはごく微細に、目を見開いた。
「そんな顔をしとったら直ぐバレてしまうぞい」
「その心配はない」
淡泊にヴィンセントは言い放つと、ウイスキーの残りを一気に飲み干す。 ブーガは少し残念そうに笑って、バーテンダーに「コスモキャンドルをふたつ」と注文を入れた。



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