第三話


あ、セフィロス!……待っていてくれたの?逢いたかった。逢いたくて気が狂いそうだったんだ。 此処は何処?知らない所…凄く綺麗。空も、花も、とても綺麗。 嬉しいよ?でも俺は、セフィが笑ってるのが一番嬉しい。 このお花、あげる。ふふ、髪に挿したらきっと似合うよ。 何だろう、セフィとこうするの、久しぶり……ねえ、もっと近くに行っていい? セフィの傍にいたいんだ……え、何処か…行くの?待って、あれ?動かないよ? 待って、足が動かない。嫌だ、行っちゃやだ、セフィ待って、独りにしないでよ、 俺を独りにしないで、お願い、置いて行かないで!
―――置いて逝かないで!!
「………………」
知らない天井が視界を覆っている。白い天井には所々灰色の染みが出来ていて、 その染みが人の顔に見えると何とはなしに感じた。 その時になって漸く、クラウドは己がまだライフストリームに還っていないことに気がついた。
首を僅かに動かすと、頭上で点滴の液がぽたんぽたんと落ちているのが見える。 もう少しだけ首をねじると、傍で座っているヴィンセントと目が合った。 ヴィンセントはさほど表情を変えないままに、淡々とした口調で話し出す。
「エッジの病院だ。個室にしてもらった。金のことは気にするな、困ったときはお互い様だ」
ヴィンセントが困ったときなんて無かったのにね…クラウドはぼうっとした頭で、 取り留めも無いことを思惟した。
「セフィロスの所に行けなくて残念か?」
「別に……」
「相変わらず素直ではないのだな」
クラウドは苦笑を浮かべようと試みた。しかし上手くいかず、代わりに小さくため息をつく。 手足を動かそうともしたが、その瞬間襲ってきた倦怠感でそれを諦めた。
「ジェノバ入りの身体は大したものだ。二、三日休めば動けるようになるらしい」
動けるようになってどうするというのだろう、ふとクラウドの胸に疑問が湧く。 だからヴィンセントが次に放った言葉は、少なからずクラウドを驚かせた。
「十分歩けるようになったら、私はおまえを旅に連れて行く」
「…………」
「おまえは、ミッドガルにいない方がいい。特にあの家は、おまえには辛過ぎる」
辛過ぎる?クラウドは首を傾げた。それは、思い出にとらわれてしまうから、なのだろうか。 しかし、たとえミッドガルを出たとしても、世界中にはきっと、 セフィロスの痕跡が残っているだろうに。
「まあ、それだけでもないがな……」
そう言ってヴィンセントは言葉を濁す。そんな彼に、 クラウドは何処か責めるような口調で独語じみた問いを投げ掛けた。 不思議な形をした天井の染みを、ぼんやりと網膜に映しながら。
「……どうして、放っておいてくれないんだ」
「…クラウド」
「どうして死なせてくれないんだ。あの人がいない世界で、俺が生きている意味なんて無いのに、 皆、俺を買いかぶってる。ティファもあんたも、いつか克服出来るなんて言って」
「…………」
ヴィンセントは静かに目を伏せた。クラウドは、 この一言が周囲から差し伸べられる手をことごとく振り払うものだとは、気づいていない。 気づかないほど、弱っている。
「………果たして死とは、克服するものだろうか」
どれほど時間が経った頃だろうか、ヴィンセントが、独り言のようにぽつりと呟いた。 クラウドはその意味を測りかねて、相手の顔を怪訝そうに見る。 ヴィンセントはその気配に気づき、面を上げた。そして、少しばかり自嘲気味な微笑みを浮かべる。
「……いや、気にするな。今はとにかく、体を休めることだ。きっと長い旅になるだろうからな」
クラウドは軽く頷いて、定期的に落ちてくる点滴の液を眺めた。今、自分の命を繋ぎ留めているものを。 そして思う、自分はこの点滴程度のものに“生かされている”ものなのだ、と。 生きているのではない、自発的な生は、あのときにやめてしまったのだと……



クラウドの体調は快方に向かった。ジェノバに侵された者の器は驚異的な生命力を誇り、 歳を刻むことも無い。クラウドは呪わしく思っているに違いないが、身体の方は勝手に回復し、 点滴だけの治療にも関わらず数日後には確かに歩けるようになっていた。
そしてリハビリもそこそこに、二人は逃げるようにミッドガルを出た。 身体を慣らしながらカームに辿り着く頃には、 十分モンスターと戦えるほどに元の調子を取り戻していた。
しかし体調が上向くほどにクラウドの顔の蒼白さが浮き立つようになった気がする。 クラウドが食事をほとんど摂ろうとしない所為なのか、あるいは別の要因があるのか。 だがヴィンセントは決して焦ることは無かった。
「次は何処へ行こうか?」
「………何処へでも」
「行きたい所は無いのか?」
「あんたが行く所なら、何処へでも」
チョコボファームで海チョコボを借りた二人は、次の行き先をコスモキャニオンに定めた。 そもそもが当て所の無い旅、仲間に会うことをひとつの目的に据えるのはごく自然な成り行きだった。 コスモキャニオン、ロケット村、ウータイ、差し当たりそれだけを回ることにして、 それ以降のことは後で考えることにした。
「仲間……そうだ………ティファ」
「漸く、気づいたか」
彼女の存在を思い出したとき、クラウドは呆然と目線を彷徨わせた。 その割に口を衝いて出た声音は、心持ち世界を拒絶するようにぼんやりと霞んでいた。
「俺、ティファに何も言ってない……」
「私から最低限のことは伝えておいた。気づかなかったことを別に責めはしない。 彼女も頓着してはいなかった。むしろ迂闊にカードキーを渡してしまったことを酷く悔いていた」
「…………」
クラウドは黙りこくってしまう。その様子をさほど気にする風でもなく、 ヴィンセントは単調に呟いた。
「もう少しだけ、おまえは周りを見るべきだ。……周りを」
周りを、と、もう一度だけ繰り返して、ヴィンセントは会話を断った。



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