reunion in the church
-教会での再会-


哀しい、夢を見た。それがわかるのは、胸に残るこらえようのない悲壮感と、 涙が幾筋も頬に残っていた所為だ。夢の内容はよく覚えていない。ただ、哀しい夢だった。
いつもより数時間早く起きたようだ。カーテン越しの窓の外は白んでいるが、 日はまだほとんど出ていない。クラウドは隣で眠っているティファに軽くキスをして、 起こさないように注意しながら部屋を出て、顔を洗った。鏡を見ると、 目が少しはれぼったい。軽く髪を整えて、ジャケットを羽織ると外に出た。
外はやはり肌寒い。それでも夜の寒さとは違い、どこか清涼とした寒さだ。それが、 胸に残る哀しみを引き立てるようでもあった。胸に穴が開いたようだ。 それはどこか喪失感に似ている。
歩きながらクラウドはまた涙を流した。理由はわかる。寒いから、だ。 どうしようもなく人のあたたかさが欲しい。人肌が恋しいのであれば、 あのままティファのいるベッドにいればよかったのに。……違う、そうじゃない、 自分の本当に欲しいのはそれじゃない、欲しいのは、自分が欲しいのは、 抱いてくれる強い腕と、広い胸と、心地よい低めの声……違、う。 それはもう、ない。それは、7年前の、幻想。斬り捨てたのは自分だった。 そう、今の自分には、ティファがいる。あたためてくれる、大切な幼なじみが…… 自分はもう、十分すぎるほど、幸せなのに、どうして涙は、止まらない?
自然と足は教会へ向いていた。ほとんど無意識に、人気のないスラムを歩いた。 何を求めるわけでもない。何を期待していたわけでもない、ただ哀しかった。 ただ無性に、この教会の空気に触れたかった。 エアリスの微笑みに似た、あのあたたかさに……
「……?……誰か、いる、のか?」
涙をぬぐって、教会の扉を開けた。この時間帯にここへ来るのは初めてだった。 少し暗い教会、薄雲かかった朝日の光がわずかに天井の穴からこぼれていた。 こちら側から花畑をはさんだ教会の奥、礼拝台の前に、 誰かが跪いている。……祈りの最中だろうか。
「……………」
声が出なかった。跪くその人物の髪は、ひどく、長かった。日の光が反射して、 まるで銀色に光っているように見えた。……違う、もともと銀色なのだ……
別人だと思ったが、同時に別人のはずがないと、思った。 あのひとを、見間違えるはずがない……あるいは、幻だろうか。 ひどく控えめな足音で、ゆっくりと、近づいた。あまりに急ぐと、 駆け寄った途端消えてしまいそうだったから……
花畑を越えて、ようやく手を伸ばせば触れられるところに来ると、 その人物は、祈りを終えて、おもむろに立ち上がった。背は、高かった。 クラウドより、頭ひとつ分高い身長。
「―――――」
振り向いたその人物は、無表情、ではないが、それに限りなく近い表情をしていた。 そしてクラウドもまた同じ表情をしていた。まるで鏡に映したように。
歓喜、憎悪、悲哀、驚愕と、思慕と、恐怖、ありとあらゆる情があふれ出たとき、 それが正気の域を振りきれたとき、寧ろ人は無表情になるのだろうか。 表情は無く、声も無く、動作も無く、一見すると、 まるでふたりして呆然と立ち尽くしているような、奇妙ともいうべき状況。
既に時間の感覚はわからなくなっていた。どのくらい見つめあっていたのだろう。 いつのまにふたりが動いたのか、わからないくらいに自然と、 静かに、静かに、ふたりは抱き合っていた。
「………………ぁ」
とても優しい体温。互いの体温が交じり合ってひとつになるくらいまで抱きしめ合って、 ようやく思い出したようにクラウドが蚊の鳴くような声を零した。
「ど…う、して……」
生きているの、と言おうとして、声が出てこなくて、 口を開けたり閉じたりして困っていると、セフィロスが首を左右に振った。 オレにもわからない、と。
「………オレ、は……」
セフィロスの方も言葉がうまく出ないようで、ゆっくりと、確かめるように言葉を紡いだ。
「………そう、何も、…残らなかった……母も、力も、…何も」
抱きしめる腕に、わずかに力がこもった。
「唯一、残ったの、は…おまえへの、この思いだけ……」
今更のように震えが走った。寒さでじゃない、もう、寒くないから……
「……ずっと、祈っていた」
「会いたかった…の?」
セフィロスは、肯定も否定もせず、ふ、と柔らかく微笑んだ。 抱きしめて体温のあたたかさを確かめあって、やがて、両手でクラウドの頬を包み込むと、 ゆっくりと顔を近づけて、瞳を閉じた。そして、唇が優しく触れるだけの、キスをした。 その瞬間、えもいわれぬ感情がふたりの胸に広がるのを感じた。 痛みでもない、喜びでもない、けれどどこまでも満ちてゆく、この感情は……
(ああ………)
愛しさ、だろうか。それに酷似していたが、判別はつかない。 それは痛みに似て、喜びを内包した、切ないほど強い、感情…… しばし唇を重ねたままその感情に打ち震えて、やがてセフィロスは唇をわずかに離すと、 クラウドの唇を舌でそっと舐め上げた。ノック、されている。「なかに、いれて」と。
薄く開いた唇と唇が重なって、くちゅり、と小さな音をたてて舌がからみあった。 もう、そのまま溶けてしまいそうだ、と思った。 次々とあふれ出る感情は一向にとどまることを知らないようで、 飽和した胸から来る、苦しさにも似た感覚に眉を寄せた。
ともすれば激しくなりがちな行為は、驚くほど優しく、優しく、ふたりを導いた。 服を脱がせあうのも、身体中にキスをしあうのも、まるで初めて肌を重ねあう処女のようで、 情欲よりも愛情で肢体をわななかせ、ゆっくり身体を開いていく。
つぼみを指で丁寧に柔らかくさせながら、胸や脇腹に顔をうずめるセフィロスの長い髪を 優しく梳く。そのさらさらとした感触ですら、涙が出そうなほど懐かしい。
見つめあっただけで、ものすごく胸が高鳴っているのがわかる。 こんなにどきどきするのは、本当に、いつ以来だろうか。
「オレを受け入れて……」
「…うん……」
羽根がふわりと落ちるようなキスをして、ゆっくりとひとつになる。 ふたりのシルエットが重なったとき、ふと、クラウドは懐かしい人の気配を感じた。
(いるの?……エアリス……)
繋がっている自分たちが、教会の優しい空気に包まれているのを感じて、 クラウドは何故かとても大声で泣きたいような衝動に駆られた。 まるで生まれたばかりの赤ん坊になったような。
(どうか見守っていて……)
どうしようもないほど強い思いは、この優しい空気に昇華される。 その先で、きみが微笑んだ気がした…………


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