visitor
-来訪者-


それは晩秋の頃だったか。発病から既に1年が経過していた。 その時期にクラウドの元に珍客が訪れたのだ。 それは、長い間連絡の取れなかったヴィンセント・ヴァレンタインだった。
彼は前触れもなく現れた。それはさながらゴーストに似ている。 いや、彼の奇抜な服装から見て取れるように、 ヴィンセント自身が自らをゴーストめかしく見せているだけなのかもしれないが。 当然、クラウドとティファは驚き、そして喜んだ。
「どうして携帯を持たないんだ?ずっと連絡が取れなかったじゃないか」
「どうして今日は来たの?」
リビングに通されるやいなやふたりの質問攻めを受けたヴィンセントは、涼しい顔をして 出されたダージリンをストレートであおった。
「ふん、私の気まぐれにつき合わせるわけにもいかんからな」
「じゃあ、今日は気まぐれで来たの?」
「そういうことだ」
相変わらずのヴィンセントに、ふたりは顔を見合わせて困ったように笑った。
「まあ、それは冗談だ。少し、クラウドと……話がしたくてな」
「……じゃあ私、席をはずすわね」
場の空気を読んだティファが席を立った。 「終わったら呼んで」と言い残してリビングを出る。 彼女の気配が完全になくなったのを見計らって、ヴィンセントは改めてクラウドを見やった。
「随分とやつれたことだ」
「……ひどい顔だろう?」
容赦のない言葉に、苦笑をもって答えた。削げた頬と、健康な赤みを失った顔がひどく痛々しい。
「俺の病気には、気付いていたのか?」
「うすうすと」
クラウドは深く追求しなかった。ただ、 ヴィンセントだったらそのくらいわかるのかもしれないと、その程度に思っていた。
「空気が柔らかくなったな」
ふいに、ヴィンセントは呟いた。 クラウドには言っている意味が分かっていないようだったので、軽く付け足した。
「……まとう空気が。穏やかになった」
「腰を据えたからかな……」
「それと、死を受け入れたからだ」
ヴィンセントの言葉に、クラウドは微笑んだ。それは、苦笑か。
「……未練ならあるよ。ティファを残してしまうし、パティの成人も見れない」
「セフィロスのことは、もういいのか」
ぴく、とクラウドは一瞬だけ震えた。もう随分久しぶりに聞く名だった。
「済まないな。私はシドのように優しくはない」
クラウドは静かに瞑目した。脳裏にそのひとの姿を思い描こうとする。けれど、うまくいかなかった。 自分が死ねば、もう2度と会えない。 いや、たとえ生き長らえていたとしても……
「もう、何も……」
「……?」
「何も感じないんだ……」
ゆっくりと目を開いた、その瞳は白い空虚をうつしていた。 クラウドの声音は、諦めにも似ていた。
「あのひとのことを思っても……何も感じない……もう何も………」
ヴィンセントは、泣くのだろうかと、思った。 けれど、涙はもう出なかった。 クラウドは、まるで学校に忘れ物をした子供のように、困った表情をした。
「どうしよう、ヴィンセント……何も感じないよ……」
……あまりにも、あのひとの存在が、大きすぎて……
「……私はただ」
ヴィンセントはクラウドの視線から逃れるように、わずかに俯いた。
「奴の存在が、おまえの心のしこりになっているのではないかと、気になっただけだ」
「ヴィンセント……?」
「……おまえが泣かないのなら、それでいい」
クラウドは微笑んだ。もう苦笑ではない。ヴィンセントの不器用な気遣いがわかったからだ。 それがクラウドには嬉しかった。
「ヴィンセントは、優しいね」
「………よせ」
低く短い声で答えると、ヴィンセントは頬にかかる黒髪を手ぐしで握り締めた。 珍しく、この男は照れていたのかもしれない。


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