i lost myself
-「私」が私でなくなる-


クラウドが高熱を出すたびに、今度も本当に熱が引いてくれるのか、 ティファが不安を抱くようになってからもうどれだけ経つだろう。 闘病1年、いつしか新年を迎え、雪が舞うようになった。 けれど、この冬が越せるのかどうか、その保証はどこにもありはしなかった。
クラウドの高熱が下がりにくくなっていた。今もまた、ここ一週間体温が38度を下らない。 体力は著しく消耗し、満足に起き上がれなくなっていた。 夜半になって病状が悪化、譫妄状態に陥ったためティファは寝ずの看病をした。 明け方にようやく快方に向かう兆候を見せ、わずかにティファが安堵した頃だった。
「寒いの?……クラウド」
水を取り替えるためにクラウドの傍を離れていたティファが戻ってくると、 クラウドの身体がかたかたと震えていた。全身がびっしょりと濡れていた。 汗が冷えたのかと思って、ティファは服を脱がせようとした。
「寒く……ないよ。……が、いてくれる…から……」
蚊の鳴くような声でクラウドが言葉を紡いだ。 ひどい譫妄で先ほどまでしゃべることすらできなかったのに。
「クラウド、まだ無理しちゃ駄目よ」
高熱に侵され、苦しくないはずがないのに、何故かクラウドの表情はひどく穏やかで、 ティファは怪訝に思った。
「ティファ……?ティファ」
「ここにいるわ。ほら」
布団の中を探ってクラウドの手を取ると、しっかり握りしめた。
「…ティファには……迷惑ばっかりかけたな……」
「そんなこと……」
クラウドは、握られた手を、ほんの僅かな力で握り返した。 瞳を閉じたまま、うわごとのように、ぽつりぽつりと、彼は語り始めた。
「そう……あのひとと…もう会わないって決めた後…だっけ…… ティファを愛せなくて……どうしようも…なくて……俺…もう死のうと思ってた」
ティファは、自分でもわからないほど、軽微に顔をこわばらせた。 一瞬、当時のことが脳裏によみがえる。クラウドにはセフィロスしか見えていないと、 絶望した当時のことを。けれど、どうして今それを言うのか。それはもう過ぎたことなのに。
「そしたら…ね、あのひとが……傍にいるって…言ってくれた」
「…え……」
クラウドは、穏やかな、本当に安らいだ笑顔を浮べていた。
「ほんとに傍にいてくれたんだよ……」
ティファにはその意味がわからなかった。ティファがセフィロスを見たのは手紙を渡した、 あのときが最後だ。それからもうずっと会っていない。
「寒くて、淋しくてたまらないとね……いつも来てくれて……抱きしめて…くれた…… 温かくは、ないのに…俺はね、そうされると……いつも泣き出して……」
「どういう…こと……?」
「うん…このあいだ、ね……やっぱり俺、泣いてしまって……」
「クラウド、いつの話を……しているの?」
「……『死にたくない』って……『俺まだ死にたくない』って…泣いてしまって…… でもね、あのひと……泣きやむまで…ずっといてくれるの……いつも……」
ティファは、世界が足元から抜ける錯覚を覚えた。 だってクラウドは、いつも穏やかな顔をしていた。 ティファの前では、クラウドは涙を浮べることはなかったし、 ましてや『死にたくない』などとは、そんなこと一言も。
「幻なのは……わかってた………でも…にせものでも……よかった…… 傍にいてくれたから……俺は…ティファを…せた……」
最後まで聞かず、表情をゆがめたティファは部屋を飛び出した。 その気配に気づいたのか気づかないのか、クラウドはか細い声で、話し続けた。
「でも……あの、ひと……ほんとうにこれで…よかった……の?」
自分はあんなに淋しいひとを、他に知らない……
「…あのひとの孤独を……俺は…癒したかった……」
ティファは寝室を出ると、階段を駆け下りて、玄関の鍵を外すと扉を開け放った。 飛び込む景色は薄墨色。明け方の冷えた空気が肌を刺したが、かまわず道路に飛び出した。 あたりはまだ静まり返って何の気配もない。
「馬鹿よ、クラウド、あなたは馬鹿よ」
溢れてくる涙をぬぐうこともせずに、ティファはわめいた。灰色の空にわめいた。
「何してるのよ、セフィロス!はやく来なさいよ!!はやくクラウドをさらいに来なさいよ! クラウドはずっと、ずっと待ってるのに……っ!!」
声は、早朝の街に空しく響いた。黒い烏がはばたいた。ティファは、知らず唇を噛み、 手を握り締めた。零れた涙が、アスファルトに落ちた。
どうしてクラウドは、今になって、あんなことをティファに話したのだろう。 それは、クラウド自身が自らの天命を悟った所為ではないだろうか。 その時は、もう近い。それを直視するのが、ティファには恐ろしかった。 けれど向き合わねば。どうか、死に向き合うだけの強さを。受け入れるだけの、強さを。


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