虚実の夜の夢


ふと、クラウドは真夜中に目を覚ました。思わず眉根を寄せ、胸の辺りに手をあてた。 妙な胸騒ぎがするのだ。心がざわざわする。咄嗟に考えたのはティファとパティのことだった。 横を見ると、ティファは向こう側に顔を向けて眠っている。顔が見たくて、 静かにベッドから起きだすと反対側に回って、ティファの顔を覗き込んだ。 寝顔は、穏やかだった。少し安心して、今度はパティのベッドに近寄った。
パティはすよすよと静かに眠っている。自分と同じ金髪。 そのことがこの子供がクラウドの血縁であることを何よりも証明する。 自然、守らなくてはと思う。2年前は、自分が父親になるなんて想像できなかった。 父親にふさわしいとも思わなかった。けれど現実は自らが知覚する以上の早さで流れ、 そのことがクラウドを強引にも父親たらしめている気がした。
もう深く考えるのはやめようと思った。考えたら考えただけ、変な方向に行ってしまいそうだ。 パティの柔らかい頬を幾度か撫でて、自分と同じ金髪を手で梳きながら、 変な胸騒ぎをやりすごそうとした。
『………て……』
そのとき、蚊の鳴くような、ささやかな声音がクラウドの鼓膜をゆさぶった。子供の声。 一瞬幻聴かと思った。けれど先ほどからの胸騒ぎの所為でクラウドは 周囲を見回さずにはいられなかった。ぐるりと素早く視線を一周させると、 クラウドのそばに、わずか三歩先におぼろげに姿の透けた子供がうずくまっているのが見えて、 心臓が跳ねた。全身が、震えた。
「あ…ぁ……」
一瞬にして、ざっと血の気がひいた。子供は5、6才ほどか。 顔は伏せられていてよく見えない。肩のあたりまで伸びた髪がさらに顔を覆い隠していた。 銀糸に似た髪、だった。
『…レを…抱いて……』
髪の隙間から僅かにのぞく子供の頬に、涙が流れるのが見えた。 ひどく震えた声だった。そのあまりに悲痛な声は、挽歌のようで、 それは喜怒を流し、あらゆる酔いを醒まし、感動を絶望へおくる、哀願。
『お願い……そばにいて………オレを……愛して……』
「あああ……ああ………」
蒼白になったクラウドは、よろ、よろと三歩近づくと、子供の前に膝をついた。 震えた手で、子供の白い頬をなぞった。温かくも、冷たくもなかった。 涙の濡れた感触すら。泣いているのに、確かに、この子は泣いているのに。 クラウドは子供の背中にゆっくりと腕をまわして、全身で包み込むように抱いた。
「ああ……あ……」
ぼやけるように視界が滲んで、それは目から溢れる体液の所為だったが、クラウドは瞳を閉じた。 胸の中で子供が泣いている気配だけわかる。泣いている気配だけが。 声のない悲鳴が伝わってくる。身体の芯から来る震えが止まらなくて、 耐えるようにクラウドは抱きしめる腕に力を込めた。
『泣かないでくれ……』
ふいに、すぐ背後に別の気配を感じた。そして、幻の腕がゆっくりと自らを抱くのがわかった。 その低い声の主の身体もやはり温かくなくて、背や腕に触れる感触もひどく頼りなくて、 けれど声だけは、その低い声はクラウドの奥底まで、じんわりと温かく響いた。
『どうか泣かないで……』
どうしてこの男は、慰めるときにいつも同じことをするのだろう。 けれどこうされることが他のどんな手段にも勝ることをクラウドは知っていた。 優しい声。温かい声。抱きしめて、自分はちゃんとここにいるからと……それだけで、 いつか涙は止まる……でも……
「だめ……泣いてしまう……だって、…あなたが泣いてる……」
零れた涙は頬をつたい、幻をすり抜けて床に落ちた。幻を抱いて幻に抱かれ、 ただただ涙を零すクラウドの心にあるのは愛情ではなく、懺悔でもなく、 ただ混沌と、それがクラウドから言葉を奪っていた。 言葉と思考を失ったままクラウドは瞳を閉じて、ふたつの幻を感じた。 幻の気配がやがて夜の霧のように溶けて消えるまで、 それはクラウドが意識を失うのとどちらが先であったか、 重なり合った三つの影は決して離れようとしなかった。


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