ふと寝苦しさに目を覚ますと、部屋全体が薄青く浮かび上がっているように見えて、
クラウドは軽く目をこすった。カーテンを閉めていない窓から薄明かりが漏れている。
街の明かりか、月明かりか。
隣に手をやると、いつもティファがいたそこには何も無くて、
ぽふんと手が温かくない布団に触れた。ティファは臨月で入院している。最近寝つきが悪い。
寂しいのか、年甲斐も無いなとひとり苦笑した。
眠気がこないことがわかると、クラウドは起き出して、窓から空を眺めた。
空の高いところに満月が白く光っている。珍しく天然の光が夜の街を照らしていた。
思えば、ティファが入院して一緒に眠れなくなってから、
ようやく彼女の存在の大きさを思い知った気がする。ティファがいないと寂しい。
彼女の笑顔がないと寂しい。ひとりは寂しい。
もうすぐ産まれてくる赤ん坊に嫉妬するくらいに……
『……あのひとはもっと寂しかったんだよ……』
「え………?」
突然、声を聞いた。周囲には誰もいない。幻聴かと思った。
しかし声は繰り返し頭の中で響き続けた。
『あのひとの孤独を深めたのは誰だ……?』
クラウドは血の気を失った。漸く、誰のことを言っているのかわかったのだ。
理解したその瞬間、クラウドの前にひとりの少年がぼうっと現れた。実体は無く、
今にも消えそうなほどその姿は透けていた。顔色は悪く、
あるいは透きとおった姿が少年の血の気を奪っていたのかもしれない。
小柄な体格、色素の薄い金髪は奔放に跳ねていて、
少しきつめの双眸はクラウドの魔晄の瞳より深い。
そう、目の前に現れたのは16歳の頃のクラウドだった。
少年のクラウドは薄く笑いながらクラウドを真っ直ぐに見た。
『あんた……溜まってるだろう?』
「な、なにを………」
『ティファがいなくて寂しいって。身体が言ってるだろう?』
「…………」
クラウドは否定できなかった。少年のクラウドは、少し悲しそうな顔をした。
『あのひとはもっと寂しかったんだよ……』
「……何が言いたいんだ……?」
『あんたを愛したくても愛せないあのひとは、一体誰を愛せば良いと思う?』
気のせいか、少年の瞳が潤んでいる。自嘲にも似た表情を浮べながら。
『あのひとはね、男娼を探して。金髪碧眼で、細身だけど筋肉の付いた、男娼を、探して』
「……嘘だ」
『嘘じゃないよ。あんた以外の、誰かを』
少年の双眸から涙が零れ落ちた。次から、次から。クラウドはそのことに少しだけ驚いて、
自分の瞳からも涙が次から次から溢れ落ちているのにはさほども驚かずに、
ただ少年の言葉に驚愕を隠せなかった。考えもしないことだったから。
(セフィロスが……俺以外の、誰かを……)
その言葉をすぐに理解することはできなかった。頭が理解する前に身体が反応した。
まず猛烈な吐き気が襲った。力なく床に崩れ落ち、床についた手の上に涙が落ちた。
(愛す……の?)
動悸が激しい。息苦しい。苦しい。凍てついた氷の刃で胸をかきまわされているようだ。
絶対零度の刃、血という血が凍りつくかと思った。
「…あは…あははは……」
心の領域にまで少年の言葉がじわじわと染み出してくると自分はどうやら狂ったようだ、
涙が枯れないのに笑いがこみあげてくるのだから不思議だった。でももう狂ったっていい。
あのひとは俺だけのものだ俺だけの俺だけの!
セフィロスが他の人を愛すのを見るくらいなら狂ったほうがよほどましだと思った。
『忘れるなよ。その苦しみをセフィロスに強いたのはあんただ』
容赦なく降りかかる少年の言葉、クラウドは目を見開いた。
それは毎日のようにセフィロスと密会をしていた頃。
セフィロスは決してクラウドに無理はさせず、痕もつけず、
それでもセフィロスは愛していると何度もキスをして……
愛してる……これ以外の感情は、雑音に過ぎない
(うそつき……セフィのうそつき)
確かに雑音だよ、あなたを思うこの気持ちに比べたら、雑音だよ、だけど……
(こんなにつらいだなんてあなたは一言も言わなかった……)
「…ごめんなさい……あは……ごめ…なさい……許し………」
……許してくれ、なんて……もう、言えない……
不意に、頭の上に羽がふわりと降りたような感触がして、
クラウドは涙で濡れた顔を僅かに上げた。いままで静かにクラウドを見ていた少年は、
少し悲しいような切ないような顔をして、ゆっくりと消えていった。
そして気付いた。この感触は、髪を梳かれているのだ。
梳いているその手が実体でないせいで、正しい感触をとどめてないだけで……
「……セ、フィ…?」
クラウドが見上げると、半分透きとおったセフィロスが、こちらを見て微笑んだ。
その瞳はあまりにも優しすぎて、クラウドは泣き止むための努力を完全に放棄して、
セフィロスの胸に抱かれて声を上げて泣いた。半透明で、
実体のおぼろげな彼が何者なのかクラウドにはわからない。
おそらく幻なのだろうが、今のクラウドにはこの不確かな存在が必要だった。
声を上げて泣く場所が。
「セフィ……っう、セフィ…セフィ……俺だけを、愛して…!……
俺だけ…を…思い、つづけて……俺が許せないなら…ころしてもいい…から……
あんたになら……なにされてもいいから…俺を殺して……俺だけのものになって…!!」
クラウドにはもう何を口走っているのかよくわかっていない。
訳がわからないままひとしきり叫ぶと、そのうちに泣き叫ぶ声はすすり泣きに変わった。
半透明のセフィロスはずっとクラウドを抱いて、背中を撫でる感触はおぼろげだけど優しかった。
やがてセフィロスはクラウドの頬を手のひらで包み込むと、唇に自らのそれをそっと重ねた。
刹那、クラウドの身体が震えた。透けた唇、その感触はひどく曖昧で、けれど何故か、
その瞬間クラウドはセフィロスの声を聞いた。
―――大丈夫……おまえだけだから。―――
口移しで、伝わる言葉、否、それは思いそのもの。
―――オレに許しを乞うのなら……どうか彼女を……―――
愛せ、と。セフィロスの思いは、干からび切った大地を潤すスコールに似ていた。
ひび割れた心に水が染みこんでいくのを痛いほど感じ、心がわなないて涙が溢れ、
セフィロスの首に両手を回すとなお唇を強く押し付けた。
(セフィロスはひどい……俺にあなたを愛することを禁じるんだね……
この思いを……一生殺して生きろと……)
クラウドは気を失うまで泣き続けた。その間ずっとセフィロスは、クラウドを抱いて、
あやすように髪を撫でて頬を撫でて、
それはまるで今にも壊れそうな感触をいとおしむかのように。
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