close to you
-すぐ傍に-


「クラウド、ご飯を食べて?せめてお水だけでも飲んで?」
熟睡とは到底言えないまどろみから目を覚ますと、いつもティファが話しかけてくる。 そしていつも同じことを言う。クラウドはぼんやりと思う、 結構不器用なんだねティファ、俺によく似て。
目が覚めるとセフィがいない、眠るときだけセフィに会える可能性がある… 会えたためしはないのだけれど。夢で会いたい、ただそれだけのために、 クラウドはベッドから離れようとしなかった。
クラウドは見る間に憔悴した。ティファがどれほど消化の良いものを作ろうと クラウドは口にしなかった。食欲が一向にわかないだけで、 食べようと思えば食べられたのかもしれないが、 ソルジャーの身体が果たしてどこまで耐えうるのかという僅かな好奇心もあった。
けれどクラウドはもうティファを追い詰めたくなかった。可哀想なティファ。 ティファを愛したい、けれど今は誰かを愛そうにも心が何かで麻痺していて到底、 無理だった。なんて無力な自分。いっそこのまま脱水症状で死のうか。 ティファは哀しむだろうが、その哀しみはいつか和らぐ。 今のままずるずると生殺しのように哀しませるよりはよほど良いようにクラウドには思えた。
「クラウド、私じゃ駄目なの?セフィロスじゃないと駄目なの?」
幾度となく繰り返されるティファの言葉。涙に震えた声。 そんなことないんだよ、そう言おうとして、けれどそこに根拠が何一つ無いことに気付いて、 いつも口をつぐむ。一番わからないのは自分の気持ちだとクラウドはぼんやりと思う。 こんなに衰弱するほどセフィロスに執着しながら ティファをこれほどいとおしく思う自分の気持ちが。 ふっきることができれば楽なのだ、どちらかを、諦めることが……
ふと、誰かに呼ばれた気がした。ティファだろうかと思って軽く横に目をやると、 彼女はいなかった。珍しく思い、クラウドは億劫気に上体だけを起こして寝室を見渡した。 クラウドの他に、誰もいない。また、呼ばれた気がした。耳ではなく、感覚がそれを捉えた。 誘われるように窓に向かい外をきょろきょろと見ると、家の入り口の前に、何故か、 ここには決していないはずの人がいた。
「セフィ……!?」
セフィロスはこちらに気付くと、ふわりと微笑んだ。口が「おいで」と動いた気がした。 自らの生み出した幻なのか、夢の続きなのかクラウドには判別ができなかったし、 そうである可能性の方が高いことをクラウドは理解していた。 でもそれはクラウドにとってどうでもいいことだった。セフィがいる、セフィがいる! 慌てて寝室を飛び出し、階段を駆け下りて外へ駆けた。数週間ぶりに動かす身体は重く、 外気は冷えていたが構わなかった。家の前に本当にセフィロスがいるのを確かめると、 駆け寄ってセフィロスの胸に抱きついた。
「…ぇ……」
奇妙な感覚に一瞬身体がこわばった。セフィロスの身体から伝わってくるはずの 温かな体温が無かった。鼓動も聞こえてこなかった。身体の感触も、ふわふわと、 何かひどく不安定だった。思わずセフィロスの顔を見上げると、 彼はひどく申し訳なさそうな顔をしていた。やっぱり幻なんだね、 とクラウドは納得した。そして甘えるようにセフィロスの胸に頬をこすりつけた。
「幻でもいい…温かくなくてもいい……抱きしめて……」
セフィロスの腕がクラウドの背に回り、強く抱きしめられた。 体温を感じることはできなかったが、圧迫感を、抱きしめられる腕の力強さを感じた。 それで十分だった。身体が冷たくても構わなかった。 微笑を浮べてクラウドは双眸から涙を零し、雫はしとどに頬を濡らした。
「セフィ…ね、お願いがあるんだ……」
幻に髪を梳かれながらクラウドは陶然と呟いた。
「…俺も連れてって……」
涙に濡れた瞳でセフィロスを見上げた。セフィロスは、悲しそうな表情で、首を横に振った。 ただ静かにクラウドの髪を撫で続けている。
「おかしいね……もう会わないって決めたのは俺なのに……セフィと会えなくなって…… 悲しくて…悲しすぎて……ティファを愛せない……愛す振りもできない…… 俺もう…セフィじゃないと駄目なのかなあ……?」
セフィロスはもう一度、首を横に振った。抱きしめる力が弱まった。 ふとセフィロスを見ると、透きとおったセフィロスの姿に背後の景色が重なっていた。 姿が消えかけている。クラウドは青ざめ、必死にセフィロスに縋りついた。
「やだ…いかないで!傍にいて……離さないで…ずっと…傍にいて!!」
どうしても涙を流してしまうクラウドに、消えかけたセフィロスが優しく、 ほんの優しく唇にキスを落とした。それはもうキスの感触をとどめてはいなかったけれど、 一瞬きょとんとしたクラウドは、セフィロスの唇がこう動くのを見た。
―――傍にいる。
クラウドは瞠目した。セフィロスの姿が完全に消える瞬間、 クラウドのなかにセフィロスの意識が流れ込んでくるのがわかった。
『ティファを愛し、幸せになることがオレに対する唯一の贖罪―――』
「クラウド……クラウド!」
しきりに名を呼ばれている。肩を揺さぶられてようやく正気に返った。 目の前にはティファの不安げな顔がある。勝手に寝室を抜け出した自分を必死に探したのだろう、 心配そうにクラウドの頬を撫でた。ティファの手のひらの感触がクラウドに現実世界を知らしめた。 いつのまにかクラウドの涙は止まっていた。身体は冷え切っていたが、胸の辺りが変に温かかった。
「ティファ……」
「急にいなくなるから、びっくりするじゃない……」
「ごめん……」
クラウドは、ティファに微笑んだ。ひどく久しぶりに微笑んだ。
「…もう大丈夫だから……」
ティファは驚いたのだろう、目を丸くさせて、そして思わず表情がほころんだ。
「なんだかすごくお腹が空いてるんだ。何か作ってくれるか?」
「うん……うん、すぐ作るから!」
ティファの瞳には涙が浮かんで、少し恥かしそうに手で拭うと、家の中に駆けて行った。 ふたりの間でもつれきった糸が僅かにほころびかけたようだった。 ほどけるまでにはなお時間が必要なことは知っている。 けれど糸をほぐす努力をすることをクラウドはもう迷わなかった。 セフィロスの言葉が、胸に残っているから……
―――ティファを愛し、幸せになることがオレに対する唯一の贖罪―――
……何故か、涙が出た。


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