party
-宴-


「ティファ、次はなにしたらいい?」
「そうね、そこのお皿しまってくれる?」
「はい!」
2年前に新しく建てられたセブンスヘブン。今日は特別な日。 店を貸しきって仲間だけのパーティー。初冬のある日、その準備をティファとマリンはあわただしく行っていた。 店内はささやかながら飾りつけが所々に施されており、 テーブルにはティファが腕を振るった豪華な料理が並べられている。 かなりの量だが、あの大食漢の仲間たちはそれでも全部ぺろりと食べてしまうのだろう。
「みんなはいつくるの?」
「う〜ん、そろそろかな……」
ティファが壁にかけられた時計を確認したとき、 カランカランと音を立て店のドアが開くと一人の男性が入ってきた。
「おや、少し早すぎましたか」
その男性とはリーブだった。彼らしい、清潔感のあるグレーのスーツ姿で、 黒髪は後ろになでつけられている。 彼はひとかかえもあるプレゼントをティファに渡してにっこりと微笑んだ。
「お祝いの品です。ケット・シーの等身大ぬいぐるみ、まあ大したものじゃないですが」
「お久しぶりです!お忙しいでしょうに、来てもらえて嬉しいです。クラウドも喜びます」
「おーい!マリンーーー!!帰ってきたぞーー!」
「あ!おかえりなさい、父ちゃん!」
会話を遮るようにバレットがやって来た。マリンは表情を輝かせて父親の元に駆け寄っていく。
「おう嬢ちゃん、また大きくなったんじゃねえのか」
「シド!」
バレットの大きな体躯の後ろから出てきたのはシドだ。 仲間内だけのパーティーとはいえ、青いTシャツにジャケットを羽織っただけなのがいかにもシドらしい。
「バレットとは途中で出くわしたんだ」
「ふふ、一気に騒がしくなっちゃったわね」
シドが包装紙に包まれた酒瓶を手渡すと、しみじみとティファに語りかけた。
「しっかし、とうとう婚約かぁ。結婚ってのは、あれだな、 独身を32年やってわからなかったことが結婚生活を2週間して悟れることもあるわけよ」
バレットが隣でうんうんと頷いている。とにかく、覚悟しとけということらしい。
「そうですね、クラウドさんいつもぼーっとしてますから、 ティファさんちゃんとしないとダメですよ」
「失礼ね、いつもぼーっとしてるなんて」
今日は特別な日。クラウドとティファの婚約パーティー。 あの戦いから2年後のことだった。新しい街も徐々に広がり、平和の足音、 人々の表情には笑顔が戻り始めている。 そんな中、前々から同居していたクラウドとティファが婚約したという出来事は、 仲間たちにとって何よりも喜ばしいことだった。 人並みの幸福すら得られなかったふたりが、ようやく幸せになれるのだと。
「やっほーユフィちゃんだよーー!」
「ユフィにつかまってすっかり遅くなっちゃった。もう始まってる?」
数十分後にユフィとナナキが店にやってきた。 連絡の取れなかったヴィンセントを除くと、あといないのはクラウドだけとなる。
「ほらほら、おみやげ!ウータイの地酒『黒正宗』だよ〜」
「オイラはね、カクテル『コスモキャンドル』の詰め合わせ!もってきたよ」
「もう、ふたりとも、うちが酒場だからってお酒持ってくればいいと思ってるの?」
「「思って、ないない」」
相変わらずの仲間たちにティファの表情がほころぶ。 ユフィはテーブルに並べられた料理の数々に「うわあ」と歓声をあげた。
「おいしそおいしそ!ねえまだ食べちゃダメ?」
「クラウドが来るまで、ダメよ」
「クラウドったらまだ来てないの〜?」
しょーがないなあ、と少しふてくされてユフィはナナキの毛並みをわしわし撫で始めた。 「やめてよぅ」とナナキは炎の灯ったしっぽをぱたぱたさせている。 ネコ系なのかイヌ系なのか定かではないから、嫌がってるのか喜んでるのかよくわからない。
「でもよぉ、そろそろ始めないと、せっかくの料理冷めちまうぜ」
「うん、そうね……」
海老のチリソースに目を奪われていたマリンが迷っているティファに駄目押しする。
「遅れたクラウドが悪いんだもん。あたしたちでみーんな料理食べて、 びっくりさせちゃえばいいよ」
ティファは時計を見た。約束の時間から30分強過ぎていて、なのに連絡もない。 確かに心配だが、マリンの言葉にどこかふっきれた感じがした。
「よし、じゃ、始めちゃおっか?クラウドなしで」
「おう、そーこなくっちゃな!クラウドなし!」
全員一致で先に乾杯をすることになった。クラウドを蔑ろにしているわけではない、 気を許している証拠だ。冷えたビールをグラスに注ぎあう。 マリンにはオレンジジュース、ナナキにはスープ皿。ユフィが騒いでる。 「あ、アタシはビールちょびっとでいいから!ほんとちょびっとだよ! ストップストップ!もう注がないで〜!」全員にビールがいきわたったころ、 ティファは仲間たちを見渡した。
「みんな、今日は来てくれてありがとう。ささやかなパーティーだけど、楽しんでね。 それじゃ、乾杯!」
かんぱーい、とそこかしこでかちんかちんと音が鳴る。 ナナキのスープ皿にもちゃんと乾杯。そして最初の一杯は一気飲み。 「オイラ飲み干せないんだよねー」とナナキはぺろぺろビールを舐めている。 一方でユフィは「うえ、にがーい」と顔をしかめて口直しに早速料理をぱくつき始める。 シドとバレットは取り分け皿に料理を大盛にして、豪快に掻き込んでいる。 この分では瞬く間に料理はなくなるだろう。
「お、この肉、うめえな、これ何の肉だ?」
「えっとね、チョコボの、ささみよ」
ふーん、とバレットはしばし何かを考えて、肉を口内でもてあそび、飲みこんで、 しみじみと口を開いた。
「やっぱ、クラウドにティファは、もったいねえよなあ」
「そうかしら」
「ティファはよう、なんだ、できた女だぜ?気立てもいいしよ、 器量もいい。料理も上手い。おまけに、強ええしな。この店来る客にも、 ティファ狙いは多かったぜ。それなのによ、あいつはどうだ、なんつーか、うまく言えないけどよ」
バレットは言葉を探しているのか、もどかしげに顔をゆがめる。
「甲斐性がねーっつうか。何考えてっか、いまだによくわかんねえし、 あっちふらふら、こっちふらふら、周りに心配ばかりかけてやがる。子供じゃねえんだぜ」
「おうおうおう、旦那さんのいない間に悪口大会かぃ」
割り込んできたのは、ビールジョッキを手にしたシドだ。 既に食事とともに何杯か空けているが、まだまだ素の顔をしている。
「どんくさい旦那で困ってるかティファ?」
「そんなこと…」
「そんなことあるぜティファ」
ティファの言葉を遮ったのはバレットだ。不満げに眉を寄せている。
「婚約まで2年。2年だとよ。もう随分長く同居してたんだよな? なのに2年も待たせやがって。どんくさいことこの上ねぇ」
「はぁ……」
「それにおまえら新婚……じゃねえな、まだ結婚してねえ、 何ていうんだ?まあいいか……婚約したてなんだろ、もっとラブラブしろよラブラブ」
「だってクラウド、クールさがとりえなんだから……」
シドはその会話に意外そうな声を出した。
「なんだ、神羅にいたころとは随分変わったじゃねえか」
そういえばシドは元神羅のパイロットだった。 神羅兵だったクラウドを知っている可能性はなくもない。
「シド、そのころのクラウドを知ってるの?」
「ああ……なんせ有名だったからなぁ」
「有名?」
「そう、セフィロスの……」
言いかけてシドは、はっとした。これは今話すべき話題ではないことに気付いたのだ。 気まずそうに顔をしかめると、「なんでもない」と話を打ち切った。 当然ティファバレットはあからさまに不審がった。
「セフィロスが……どうかしたの?」
「そこで話やめるなんて男らしくないぜ」
シドは眉根に皺を寄せた。言い返そうとして、しかし言葉が思いつかずに、 躊躇し、そして喚いた。「あーもう、クラウドには言うなよ!」
「有名だったんだよ……英雄セフィロスの恋人は、見目のいいチョコボ頭の少年だ、ってな」
ティファとバレット、ふたりの目が大きく見開かれた。初耳だったのだ。
「なんだよ、そりゃあ……」
「嘘でしょう……?」
当然のふたりの反応に、シドは大きくため息をついた。
「本当だぜ……この際、男同士なんて話はどうでもいい。事実、社内でも街でも、 何人かふたりが一緒にいるところを見たやつがいる」
シドは、これ以上を話すべきか迷って、ためらいながら、すべて話した。
「……しかも、かなりのおしどり夫婦だったそうだ、 ふたりとも絶対に定時に帰るようになったらしいしな。傍から見て、すげえ、幸せそうだったと」
「そんな……だって、クラウド、あの戦いのときも、今も、そんなこと一言も……」
「だから言いたくなかったんだ」シドは苛立たしげに呻いた。
「クラウドにとってこれはタブーなんだよ。触れちゃいけねえ、 すげえ敏感な赤剥けの肌なんだ。だからふたりとも、このことはクラウドに言うな。 セフィロスはメテオを落とそうとした、だから倒した。 「セフィロスを倒す」と言ったときのクラウドの気持ちがわかるか? オレたちにできることは、クラウドの意志をおもんばかってやることだ」
ティファはぞっとした。かつて愛した人が、故郷を焼き、母を殺め、 仲間を殺めてしまったとしたら。愛した人を殺す覚悟とはいかほどのものか。 自分だったら、……きっと……
「……ティファ、やっぱりおまえさんは、このことを知っておいた方がいいんだろうな」
「わたしが、クラウドと婚約したから……?」
「ああ、クラウドを癒せるのは、ティファ、おまえさんだけだ。 おまえさんには、クラウドのやつをもう一度幸せにしてやる義務がある。 ティファが、クラウドに幸せにしてもらう権利があるのと同じようにな」
「……はい」
神妙に、ティファは頷いた。ティファにとって事実は重いものだったが、 それでもクラウドを愛している気持ちに変わりは無い。
「あーあ、メシがまずくなっちまう。この話はやめだ、やめ!」
重くなった空気に嫌気がさしたシドは大きな声をだして話を打ち切ると、 サーモンのカルパッチョを口にかきこんだ。それを見て、 ティファも気を紛らわすために食事を摂ろうと小皿を手に取ろうとしたとき、店のドアが開いた。
「あーっクラウド!おそいーっ」
「外、雪だったんだね。寒くなかった?」
ようやくやってきたクラウドをユフィとナナキがすかさず出迎えた。 着衣のところどころに雪片をまとわりつかせたままのクラウドは、少しぼうっとしていて、 ティファは軽い違和感を覚えた。
「遅かったわね、クラウド。仕事、長引いたの?……クラウド?」
「え…?ああ……うん」
ティファの問いかけに答えたクラウドは微笑んだ。 けれどその表情はわずかにこわばっているようにティファには思えた。 シドの話で少し懐疑的になっていた所為もあったのだろう。違和感は、増した。
「クラウド!早く食べないと、もう料理終わっちゃうよ」
ナナキがクラウドのボトムの裾を引っ張った。 クラウドはいつもの微笑を浮べてナナキとじゃれあっている。 最近ようやく浮べるようになったクラウドの笑顔。 それすら疑ってしまった自らの感情に軽い自己嫌悪を感じ、 ティファはほんの小さく、誰にも気付かれないような、ごく小さなため息をついた。


続きを読む? or 目次に戻る?