闇色


その日マリンは、またあの夢を見た。クラウドが自分の手の届かない、 遠くに行ってしまうのだ。マリンは渾身の力で叫んだ。行かないで、 お願い行かないで!声は通じない。どんなに叫んでも、どんなに駆けても、 クラウドは遠ざかっていくばかりだ。
クラウドの前方には何も無く、いや違う、どす黒い闇があった。 クラウドは闇へと歩いていた。闇は静かに、たゆたい、クラウドを導いているように見えた。 マリンは恐れおののいた。マリンにはその闇が「良くないモノ」に思えて仕方なかった。 クラウドがあの闇に触れた瞬間、闇に喰われて、 もう絶対に会えないところに行ってしまうのだと確信していた。
気付くと闇はもうクラウドの目の前にまで迫っていた。ふと、そのときクラウドが一度だけ、 こちらを振り向いた。マリンの声が通じたのだろうか。クラウドの口が、動いた。 何を言っているのかは、わからなかった、あるいは耳か頭が拒否したのかもしれない。
クラウドは再びこちらに背を向けると、闇に手を差し伸べた。 マリンの悲鳴はもう声にならなかった。ただ目を見開いて、 クラウドの手と闇が触れ合うまでの瞬間を見守っていた。 それは決して長い動作ではない、けれどマリンにはひどく長く感じられた。 動悸が耳元でばくばくした。視線の先の闇が染みのように周囲に滲むのを感じた。 呼吸が止まった。染みはいつしか視界いっぱいに広がっていた。 クラウドの姿が闇色に塗りつぶされたとき、マリンの意識は現実世界に飛ばされた。


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