翼  はためきし鳥達のために
〜For the fluttering Birds〜

Material by TRUE BLUE

 

 

「いい天気だな」
そう言って外出を勧めてきたのはクラウドだった。
たまにはのんびり日に当たってこないかと付け加えて。

 

現在、二人は束の間の休みを利用してミッドガル郊外に遠出をしている。
宿泊先はミッドガルから少々遠いセフィロスの別荘で、しかも周りは森林に囲まれ、とても静かで落ち着く土地である。
セフィロスが言うには休息用の隠れ家だと言うが、言外この他にもいくつかあるのではないかとも想像できた。クラウドは少しばかり英雄である彼の権力を実感し臍をかんでいたが、反対せず黙って付いてきたのだ。
人里からも離れたこの地では誰の目にも触れる事無く、二人は休暇を悠々自適に過ごしていた。

クラウドの提案にセフィロスは否を言わず、鳥のさえずる並木道を揃って歩いていった。
何ら目的のない散策であったが、様々な会話を持ち出してはしゃぐクラウドの表情もいつもより明るい。セフィロスもそれを見て、心が和むのを感じながら二人とも気の赴くままに道程を足すのだった。
暫くその状態で歩いたら、疲れたのかクラウドが休憩したいと申し出てきた。
そんな訳で今は両者とも小高い丘の上で見つけた大木の木陰に腰を下ろしている。

 

梢が風に吹かれてさわさわと音を立てる。
その遥か頭上でも真っ青な空が地平線まで続いており、クラウドの言う通り、今日一日はこのまま晴れが続くだろう。
「こういうのも悪くないだろ?」
「たまにはな」
と言いつつ表情は満更でもない様子で、クラウドもそれに笑って答える。
戦場でも人込みに紛れた社会でもない、このひと時。
穏やかなこの時間を、クラウドそしてセフィロスは暫し全身で堪能するのだった。
「鳥達も気持ち良さそうだ」
その言葉に顔を上げると、丁度二人の頭上を横切って行く所だったらしく、番の鳥が二羽、翼を広げて飛び立っていた。
セフィロスは鳥の様に空を飛べない今のままでも不便など感じていないから、空を飛びたいとも気持ち良さそうだとも思っていない。
それをクラウドが聞くと「あんたって寂しい人間だよな」と言うだろうが、果たして必要のない物を求めない事の、どこが理不尽なのかと今でも思う。
「なあ、鳥ってどういう気持ちで飛んでいるのかな?」
「さあな。差し詰め早く巣に戻る事だけを考えているのだろう」

ロマンの欠片も無い返事にクラウドはたちまち閉口する。
寄りによって現実固執の答えか。

「何だ」
完全な空想話までは行かなくとも、もう少し増しな返答があると思っていたのだが…
「…あんたに意見を求めた俺が馬鹿だったよ」
クラウドのそのような意向を理解できなかったセフィロスは、首を傾げるだけの反応を見せるのみだった。

 

クラウドからそれ以上口は開かず、そしてセフィロスも何も語ろうとせず。少しの間、沈黙が続いた。
太陽が優しく大地を照らす中、平穏な世界が身の周りを包む。
二人だけしか存在しない永遠とも思われる時間。
いつもの魔晄都市にいる際とは明らかに異なる雰囲気が、心身に伝わってくる。
クラウドもそう感じてはいないかと窺ってみれば、何やら先程の鳥達の飛んで行った軌跡を見つめ続けていた。もう豆粒にしか見えないが、それでも視線は外さない。
傍目にはそのまま呆けている様にも、考えに没している様にも見える。
一体何を鳥に映しているのだろうか。セフィロスは好奇心から、湧き起こった疑問を投げ掛けてみた。
「もしや鳥になりたいとでも思っているのではないだろうな」
訊くとクラウドは吹き出した。
「違うよ。…まあある意味当たってるかな。でももし生まれ変われるのなら、あんたと離れ離れになるより」
そこでようやくクラウドはセフィロスに顔を向けた。
「いっその事俺はあんたの翼になりたい、と思ってた」
「翼?」
「そう。そしてあんたにこの世界を見せてやるんだ」
言って立ち上がり、まるで背伸びするかのように空を仰いだ。
内容からしても冗談かと思ったが、顔は微笑んでいるものの青い瞳は真剣そのものだった。
「この広い大地と人、動物、木、花―――とにかく生きる物全部」
そしてこちらに振り返り、一転あからさまに揶揄うような表情へと変える。
「あんた、鈍感そうだからさ。もっと自然を見る機会を得た方がいいと思う」
「良く言う。世間知らずはお前の方だろう」
「あんたにだけは言われたくない」

いつものように茶々を入れ合って、ついでに他愛の無い事で笑い合って。
これだけでもセフィロスは十分だったのだ。満更足りないとも思わなかった。クラウドが共にいるだけでセフィロスは人間として生きていけるのだと実感しているから。
人として満足なら、何かに変わる事など不要だ。だからより何かを求めようとする事はないのかも知れない。そう自己分析して、一寸いつでもクラウドが傍にいる状況を思い浮かべてみた。
どんなに過酷な状況でも決して離れる事の無い共同体。
辛さを共に経験する事も出来れば、互いに同じ喜びも分かち合えるという事だ。
成程、そう考えてみればその考えも捨て難い。
「…確かに、悪くないかも知れんな」
「ん?」
「何でもない。独り言だ」
軽くあしらえば、クラウドは「変なの」と言って顔を逸らした。
その横顔が妙に晴れ晴れしく見えたのは自分の思い過ごしだろうか。

そんな二人の様子に構う事無く、ざああ…と音を立てて風が大地を駆け抜けていった。

 

 

 

時の流れも生命の循環も止まった、翠面の場所で。
同色に縁取られた瞳が開かれる。

「俺に世界を見せてやると、あの時お前はそう言ったな」

長い銀髪の男が、自由の利かない空間の中で不敵に面を構えた。
彼が定めた再統合の最終地点―――その場所で遠い世界を隔てて瞳に映すのは、男がかつて愛した、今は僕として自分の傀儡となっている一人の青年。
主の意志に従い彼は近い未来ここに辿り着く。
黒マテリアを運ぶ為に。そして、自分を目覚めさせる為に。
「まだ忘れた訳ではなかろう?」
ふっと目の前の空間に向かって囁く。
空間に歪みは無く、無論誰彼の返事も無い。
だがその口許は了承を得ているも同然のような笑みを浮かべていた。
「では、俺はお前と共に生きる事としよう」
その為の策はもう打ってある。
自分達の邪魔になる者は排除し、分身を使ってこの地へと導き。
青年が着実に近付いて来ているのは互いの身に眠る細胞で分かる。奇しくも彼が憎悪と懊悩の念に囚われている事も感じ取れたが、それもすべて計算通りだった。
後は、準備の整う僅かな時を待つだけだ。
「お前だけだ、我が翼と成りえる者は」
荒む心を支配するは狂気にも似た歓喜―――
口の端に刻まれたそれをそのままに、男はすっと目を閉じた。

己が翼が自分の下に舞い戻るその日を夢見て。

 

 

 

 

来よや  来よや  愛しの人よ

来ずば焦がれて死のうものを

 

 

 

 

 


Fin


紫水ゆりな様から素敵な小説を頂いてしまいましたv
甘く、清清しく、それでいてほろ苦い後味の残るお話です。
「あんたの翼になりたい」と言いこぼしたクラウドがなんともいとおしいです。
ゆりなさん、一粒で2度も3度もおいしい一品をありがとうございました。

 

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