松径

「まだ岬までしばらくありますよ」という運転手の言葉を丁重に断って ふたりはタクシーを降りた。潮の香りがする。 左手にある松の防砂林の向こうには広々とした海が広がっているのだろう。
「よかったのか?ここで降りて」
歩道を歩き出したふたりのうち、銀髪の美丈夫が口を開いた。 その半歩先、足取りも軽く金髪の少年が歩いていく。
「いいよ。だって、歩かなかったら、もったいないじゃない」

……何が?


ひさしぶりにふたり同時に取れた休日、「ミッドガルからでかけよう」と言い出したのはクラウドだった。 どこまで?とセフィロスが問うたので答えた「ちょっとそこまで。」
しかし運悪く車を車検に出していた、クラウドは歩いてもいいんじゃないと言ったが セフィロスがもう寒いから車にしないかと半ば強引にタクシーを呼んだ、 ミッドガルの外に出るタクシーは高いというのに。 クラウドが風邪をひかないようにとの配慮なのだろうが 案外セフィロスのほうが寒さには弱かったのかもしれない。

ひゅうひゅうと風の音がした。防砂林がなかったら、 海岸からの風が直に吹き付けてくることだろう、幸いなことに天候は快晴、 風が防がれているだけ体感気温はそれほど低くなかった。 海岸線をふたり、仲良く手をつないで歩く。平熱の低いセフィロスの手はずいぶんとひんやりしていた。
「セフィロスの手、冷たいね」
「手袋したほうがいいか?」
セフィロスは言うがクラウドは取り合わなかった。
「だって手袋して手をつなぐなんて無粋だよ」
そういいながらお世辞にも粋とは言えない防砂林を眺めて歩く。 人の手を加えられることなくのびるだけのびた松の群れ。 鳥が飛び立ち、近くでがさりと音を立てた。

細道の右手には広がる畑、おそらくは、麦畑。役目を終えた鳥除けのかかしが等間隔に並ぶ。 さらに奥には連なる白山、もうしばらくもすれば雪化粧をすることだろう。 山々に立てられた青く霞む電波塔に送電塔、かろうじて肉眼で確認できる、 あれが見える限りしばらく眼鏡はいらないはず、 伊達眼鏡をするセフィロスはとても格好いいのだけれども。

「もうすぐ着くかな?」
「さて」
「着いたらどうする?」
「さて」
「個人的には、まだしばらく着かなくてもいいんだけどね」
「さて」
「……セフィロスって……」

30分ほど歩いただろうか。「ノートン岬」と書かれた古びた看板が見えた。 その先少し歩くと遂に松林が途切れた。
「うわ……っ」
思わずクラウドは身をかばった。防砂林がなくなった途端、 海から砂を含んだ強風が吹きつけたのだ。
「……すごいね」
初冬の海は荒れ狂い、波がたち、海全体を白く染め上げていた。 冬の海をわざわざ見に来る人間なんてそういないだろうが、 海は何も存じ上げぬといわんばかりにその姿を二人の前にさらしていた。
目に砂が入ったのか、クラウドが目を細めた。 それに気づいたセフィロスはクラウドの風上に立ち、コートを広げて風を防いだ。
「あ、ありがと……」
「クラウド、聞いていいか?」
「なに?」
「さっき、なんでタクシーを降りたがったんだ?」
ああそれ、とクラウドはやんわりとした微笑を浮かべた。
「松」
「松?」

「松を飛び立った鳥」
 「一面に広がる麦畑」
  「そこに立ってたかかし」
   「ずっと遠くに見えた山」
    「すれちがったオニヤンマ」

「……となりを歩くセフィロス」
すこしうつむき、神妙な表情でクラウドは語る。
「無駄にしたくなかったから。これらの出会いを」
「さっきも言っていたな。もったいないから、と」
風がうるさくふたりのあいだを吹き抜ける。
「なにをあせっているんだ?」
セフィロスが問うと、クラウドははっとしたように顔を上げた。 途端、セフィロスはクラウドを抱きしめた。
「……オレはどこにも行かない」
「うん」
二人が生きるのは、戦場。いつ永訣が訪れるかわからない。 その不安がクラウドはぬぐえずにいた。 その不安を、少しでも引き剥がそうと、セフィロスはなおクラウドを抱きしめた。
「…………」
「……セフィロス」
「…………」
「こんなところで……」
「大丈夫、誰も見ていない」

だから、今だけ。背後から襲ってくるものを見なくて済むように。 じりじりと身を灼く熱をどうか、感じずにいられるように。

松の道は、なにも語らない。


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