それは5月13日の、およそ午前7時前後のこと。いつも通りにグレミオがセフェリスの部屋に入室すると、 暦は既に初夏だというのに春眠暁を覚えずといった格好で、少年はベッドの中ですよすよと安らかな寝息をたてていた。 「ぼっちゃん、朝ですよー」 軽く声をかけ、少年を起こす為に寝台へと近寄る。すると、枕元にあった奇妙な物にグレミオは気づいた。 それは小さな一枚の羊皮紙で、馴染み深い筆跡でこう書かれていた。 『右の壁を見て』 「……??」 書いてあるままにグレミオが右手の壁に視線をやると、 そこには羊皮紙が一枚、鋲によって留められていた。それに記されていたのはまたも短いこの一文。 『天井を見て』 すると天井にも羊皮紙の切れ端が。『机の上を見て』と。 そして机の上を確認すると、次は『椅子の裏を見て』、 さらに次は『箪笥の抽斗の一番上を見て』。その頃になるとさすがのグレミオも我に返ったようだ。 「はっ…いけないいけない!またぼっちゃんのイタズラですね」 もうひっかかりませんよ…と意地悪く微笑もうとするも、そこはグレミオ、 視線はどうしても箪笥の抽斗の一番上に行ってしまう。 (罠にかかるのは癪ですけど…でも…ああどうしよう、すごく気になる…!) 数秒間たっぷり悩んだ末、これが最後、次でおしまいと、懸命に自分に言い聞かせつつ、遂にグレミオはそっと抽斗を引いた。 「……あ、……」 そして、思いも寄らなかった物を目の当たりにした彼は、束の間、声を失う。 不意打ちで急所を撃ち抜いた毒が胸に沁み渡るその様子は、甘雨が土に浸み込んでいくさまによく似ていた。 抽斗に入っていたのは、この時期に値段が跳ね上がることで知られる赤い花。 薄桃色のリボンで綺麗に結ばれたカーネーション。添えられていた最後の羊皮紙、 一枚のメッセージカードに、グレミオの目元は可憐にほころんだ。 『Happy Mother’s Day いつもありがとう、ぼくのグレミオ』 「…そうでしたね、忘れてました…今日は、母の日……」 しかし、くすくすと空気をさざめかせる微かな笑い声が耳に届いたことによって、 グレミオの感動はたちまち驚愕へと入れ替わった。眠っていたはずのセフェリスが、こちらを見て嬉しそうに笑っている。 「ぼ、ぼっちゃん!起きてたんですか!?」 「うん。笑っちゃうの堪えるのが大変だった」 微塵も悪びれた様子の無いセフェリス、ゆっくり上体を起して猫のように伸びをする少年を、 グレミオは複雑な表情で見詰める。怒りたいが怒れない、小憎らしいが憎めない、可愛いのがいけない、 そうだぼっちゃんが可愛いのが全部悪い。 「はぁっ、困った子ですね……わざわざこんな子供みたいな罠を仕掛けて。 私が騙されずにこれを見つけられなかったらどうするつもりだったんですか?」 「知ってたよ、グレミオなら絶対に最後まで調べてくれるって」 「え…?」 グレミオは不思議そうに首を傾げる、だが謎の自信を裏付ける謎の根拠をセフェリスの口から直接聞くと、 それはまるで敏感な柔肌を優しく愛撫された時のように、彼は頬を赤らめてしまうのだった。 「…だって、ぼくのことはグレミオが一番よくわかってるし、グレミオのこともぼくが一番わかってるんだからね?」 ‐あとがき‐ まさかの二日クオリティです。 母の日祝いたいなーでもネタが無いなーと苦悩しつつ、 そういえば昔こんな遊びが流行ったっけ…と思い立ち、 一日で1300字弱の短文を書き、その次の日に完成。 余裕が無くて何もひねることが出来ませんでしたし、 非常に残念な仕上がりであることは自覚しているのですが、 要はお祝いしたいという心意気です(キリッ 最近はもっぱらセラムンに浮気していますが、 やはりグレミオ母さんも好きすぎて辛い。 |