夢でおまえが抱いたのは、セフェリス殿の『心』だ―――かつて教会で懺悔をしたときの司祭の言葉をグレミオは思い出す。 初めて他者とまぐわうセフェリスは、グレミオの一挙一動、それがどんな軽微なものであっても、 あらゆる行為に悶え、よがり、むせび泣いた。あまりにも過敏な反応にグレミオは空恐ろしさすら覚え、 可能な限り優しく、いたわるように抱いた。
押し開かれ貫かれ、痛みを感じないはずがないのに、セフェリスはただひたすらに気持ちいい、気持ちいいと訴え続けた。 そして脳裏に蘇った司祭の言葉とともにグレミオは気づく、セフェリスは身体ではなく心で感じているのだと。 そう理解した瞬間、グレミオもまた信じられないほどの快感に襲われ、温かくも激しい交わりの時はあっという間に過ぎていった。
やがて燃え盛る熱情が去りゆき、二人はベッドに横たわって互いの身体をそっと撫で合い、軽いキスを繰り返し、 ふわふわとした浮遊感と快楽の余韻に身をゆだねて後戯を楽しんでいた。
そこまでは良かったが、グレミオがゆったりとした所作でセフェリスの右手を取り、 その甲に刻まれた紋章をじっと見つめた時、セフェリスの顔は僅かに陰った。
「……ここに、テオさまがいらっしゃるんですね」
紋章を愛しげに撫でるグレミオを見てセフェリスはふと思ってしまう。これは本当にグレミオの望んだ結果だったのだろうかと。
「ごめん……勝手に生き返らせちゃって」
「え……?」
「ぼくの右手の中で、ずっと父さんといたかったよね…?」
セフェリスが胸を痛めて発した言葉、しかし返ってきた反応はセフェリスにとって意外なものだった。 重いセフェリスの表情を崩してしまうほどに、グレミオはくすくすとおかしそうに笑ったのだ。
「なっ……なんで笑うの!?」
「す、すみません……あまりにもぼっちゃんが、可愛くて!」
「……はあ」
唖然とするセフェリスに、グレミオはいたずらっぽい微笑みを向ける。
「ちょっとテオさまにお伝えしたいことがあるんです。ね、ぼっちゃん。許してくださいますか?」
「わかったわかった。勝手にしてよ、もう」
ため息まじりに、少々投げやり気味にセフェリスが右手を差し出すと、グレミオは少年の右手を己の口元に寄せ、 紋章に直接話しかけるように語り始めた。
「……テオさま。こんなにも幸せな気持ちでいられる今だからこそ、本当のことを言いますね……私はあなたを少しだけ恨んでいます。 いくら私たちの苦しみを無くすためであっても、あの選択はやはり… あなたの我儘以外の何物でもなかったのだと思えてしまってならないからです。 でも、私たちは証明しました。たとえ魔術を用いても、人の感情は止められないのだと……」
それはテオに向けた言葉なのだろうが、セフェリスの心にも少なからず影響を及ぼした。 初めは感情を取り戻したことを強く後悔していた、しかしグレミオの声を聴くうちに、 灰色だった世界が徐々に彩色されていくように、気持ちはより鮮やかに変貌を遂げていくのを自覚する。
「あなたは私におっしゃいましたね、『私とセフェリス、どちらかを選び、どちらかを捨てることが、おまえには出来るのか』と……。 テオさま、あなたの願いどおり、私はどちらも捨てることはないでしょう。あなたが遺してくださった、このトライアングルの肖像。 三人が笑顔で寄り添うこの画こそ、私の望み、あなたの願い、ぼっちゃんの祈り…… 私たちが苦しみの果てに求めていた至高の境地そのものだと信じています」
するとグレミオはいったん言葉を区切り、瞳を閉じ、紋章の真上に、ちゅ、と軽く唇を落とす。羽が舞い落ちるほどの優し過ぎる感触に、 セフェリスの胸はわなないた。
「……だから、あなたの名のもとに誓わせてください。たとえどんなことがあっても、私はぼっちゃんを心から愛し続けます。 テオさま…どうか、ずっとずっと、私たちを見守っていてください……私たち三人は、もうずっと一緒です……」
ゆっくりとまぶたを開いたグレミオは、林檎みたいに紅潮したセフェリスの顔色を確かめる。そして少々意地の悪い表情を見せた。
「何をそんなに赤くなってるんです?」
「だって…な…なんだか、恥ずかしい…よ」
「そうでしょうね。これ、プロポーズですから」
しれっとしたグレミオの声に、セフェリスは咄嗟に言葉を失う。
「え……」
「……ぼっちゃん」
グレミオは、セフェリスの琥珀色の瞳に映った己の顔が見えてしまうほど顔を接近させると、 まるで童女がおねだりをするように愛らしく小首を傾げ、甘ったるい色で笑いかけた。
「こんなにも…グレミオの心を掻き乱したのですから、ちゃんと最後まで責任を取ってくださいね?」
いい歳をした大人のくせにその仕草がなんだか可愛く見えて、でもそんなことを言ったら 「ぼっちゃんほど可愛い人なんているわけがないです!」と真面目に返されることが目に見えていたから我慢する。 けれど零れる笑顔だけは不思議と抑えることが出来なかった。
「うん。じゃあ……摂理が許してくれる限り、どうかぼくの傍にいてね……」
瞳に涙をいっぱい溜めながら笑うセフェリスの、呪いを背負うが故の控えめ過ぎる願い。 それを耳にしてグレミオは狂おしいほどに痛感した、心から確信した。この方とはきっともう一生離れられない、と。
「…では、今ここで」
この瞬間を、互いに笑顔でいられることに無上の喜びを感じずにはいられなかった。 セフェリスのなめらかな頬に、グレミオはゆっくりと手を伸ばす。
「誓いを……立てましょう………」
そしてふたつの影は重なった。
朱い朝陽が地平線より出でる瞬間の産声のように、強く力強く……


triangle:俗語にて、同性愛がらみの三幅対(たとえば、3人一緒にまたは別々に性交渉をもつこと。 三角関係のような対立はなく嫉妬が存在しない状態)を指す。リーダーズ英和辞典第2版より。





-あとがき-
約68500字。思ったより長いお話になってしまいました。
思いついたシーンから書いていくので、
内容が矛盾する…というのか、ブレる…というのか……
そんな弊害に悩まされました。粗探しをするとキリがないかと;
最初は3Pの描写も無く、年齢制限も設けない予定でしたが、
暴走とは怖いですね。これでもかなりセーブしたんですけど(笑)。
人間は不完全なモノで、一人では点に過ぎず、
二人繋がればどこまでも伸びる線となり、
三人でようやく安定した「面」という形を作り上げることが出来ます。
去勢を図ったグレミオと、
爪が剥がれたぼっちゃんと、
自殺未遂をしたテオさまと、
ペンダントにこもる理想を求めた彼らはどんな形を描いたのか…
未熟なお話ですが、ひとまず書き終えられてほっとしています。

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