「マクドールさん、一緒に戦ってください!」
今日もまたクラリスがセフェリスを迎えにやってきた。セフェリスとの協力攻撃が何かと便利だということで、 最近は特に足しげくやって来る。都市同盟からグレッグミンスターまで来る労力はかなりのものだというのに、 その根気には脱帽せざるを得ない。おかげでこの頃はセフェリスが屋敷にいない日のほうが多くなってきてしまっていた。
「ああ、いいよ。今から支度するから、少し待ってて」
そう言って用意を始めようとするセフェリス。彼とクラリスに向けてグレミオは控えめに口を開いた。
「あの…ぼっちゃん、クラリス君……今回は私もご一緒してよろしいですか?」
「えっ?」
当然、クラリスもセフェリスも驚いた様子で目を丸くさせている。
「グレミオさんが…?」
「いきなりどうしたんだ?グレミオ」
予想通りの反応をする二人に、グレミオは当たり障りのない言い訳を用意する。心にもないことを口にして、 ほんの少し、胸が痛んだ。
「いえ…クラリス君が頑張っているのを見て、私にも何かお手伝いができないかと思って。 ……といっても、お城で料理を作るくらいしか出来ることはないんですけど……」
料理、という言葉にクラリスが過敏に反応した。グレミオの両手をガシッと掴む。
「本当ですかっ!?充ッ分です!是非!ナナミにまともな家庭料理を教えてやってください…!!」
その必死な様子を、セフェリスは何やら憐れむように見て小さく呟いた。
「…苦労してるんだね、クラリス……」
グレッグミンスターを出発してノースウィンドウの本拠地に着くころには幾分陽が傾きかけていた。 道すがらクラリスは新同盟軍の近況を話してくれた。この頃はハイランド軍との戦線もさほど切迫していない為か 、彼は暇を見つけては交易などを行っているという。
「コボルト村で古文書を仕入れて、森の村で売ると結構儲かるんですよ。明日出発するので、それまで休んでてください。 あ、部屋はいつものところでいいですか?ちょっと部屋数が足りなくて……ベッドは二人分用意させますから」
そしてクラリスは日課となっている城の見回りをするのだと言い、セフェリスたちと別れた。 それ以外にもナナミやシュウのご機嫌とりなど、やることはたくさんあるのだろう。 突然自由時間を与えられ、部屋で静かに休むほど疲れてもいなかったので、セフェリスはグレミオにこう提案した。
「グレミオ、この城に来るのは初めてだよね?まだ明るいし、夕食の用意が始まるまでぼくがざっと案内するよ」
グレミオもこの城に興味があり、喜んで頷いた。
「ええ、お願いします。ぼっちゃん」
ここは3年前の戦争でセフェリスたちが本拠地にしていた城よりも遥かに広い。城というより、 街といってもよさそうだ。さすがに総てを回りきることは無理なので、二人は屋外を中心に見て回った。 綺麗な石畳の広い道を歩きながら、その脇に植えられた街路樹を見上げたり、人々の喧騒や小鳥のさえずりに耳を澄ませたり。
宿星だという人物にも何人か出くわし、挨拶を交わし合った。 コボルトのゲンゲンとガボチャ、狩人のキニスンとその相棒のシロなど。 グレミオにとっては何もかも新鮮で、そんな彼の様子をセフェリスは嬉しそうに見つめていた。
「ぼっちゃん、すごく綺麗な白馬ですね。触ってみてもいいんでしょうか」
図書館の近くで、大きな木の下に佇んでいるジークフリードを見つけた。その美しい姿にグレミオは興味を惹かれたのか、 彼の白い毛並みにゆっくりと手を伸ばす。
「あっ、駄目!彼はユニコーンだから、下手に触ったら危ないよ……!」
セフェリスが慌てて止めようとするが、意外にもジークフリードは大人しくたてがみを撫でられている。
「…危ない…ですか?別に普通ですけど……」
グレミオが優しくたてがみを梳くと、ジークフリードはされるがままに目を閉じてブルルッと軽く鼻を鳴らした。
「何だか…グレミオ、気に入られたみたいだね。珍しいな、ジークフリードは若い女の人にしか懐かないのに……」
呆気にとられたようにセフェリスが言う。その口調には若干の悋気が含まれていたが、 グレミオがそれに気づくことはなかった、…突然背後から掛けられた女性の一言のせいで。
「……セフェリスさま、こちらにいらしていたのですか……」
二人が振り向くと、そこにはカスミが立っていた。グレミオの表情が一瞬だけ凍りつく。
「カスミじゃないか。元気だった?」
「ええ、とても。…今日は、グレミオさんも一緒なのですね」
グレミオはどうにかいつも通りの微笑みを浮べると、ぺこりとお辞儀をした。
「お久しぶりです、カスミさん」
礼儀正しくお辞儀を返すカスミにセフェリスは問いかけた。こんな所で彼女に会うのは珍しい。
「今日は訓練所には行ってないの?いつもはあそこにいるのに…」
「いえ、少し所用があって外に出ただけなんです。直ぐに戻らないと。…また今度ゆっくりと話せるといいですね」
グレミオの表情が翳る。セフェリスは確かにこう言った、 『いつもは』あそこにいるのに。…いつも、会っているというのか……
「……グレミオ、グレミオ?」
ふと気づくと、セフェリスが心配そうにグレミオの顔を覗き込んでいた。いつの間にかカスミはいなくなっている。
「あ、すみません…ちょっと、ぼんやりしてしまって……」
「そっか…少し休む?」
峠道を越えてきたので疲れているのかもしれないとセフェリスは思ったが、 そんな懸念をはね返すようにグレミオは元気に笑ってみせた。
「いえ、平気です。ぼっちゃん、今度は何処に連れていってくれますか?」
「そうだな……じゃあ、お店の方に行ってみようか」
本拠地の出入り口を真っ直ぐ進んだところに、多くの店が立ち並ぶ通りがある。鍛冶屋、防具屋、交易所…… 戦いと生活に必要な店はひととおり揃っている。 特に防具屋ではリーダーのクラリスが訪れた街の品物総てを取り扱っていると聞き、グレミオを驚かせた。 そしてその後に立ち寄った紋章屋で、グレミオは懐かしい再会をすることになる。
「ジーンさん!」
ここの紋章屋の主は、3年前に解放軍で共に戦ったジーンだった。 彼女はグレミオの声に反応してこちらを見やると、たおやかに微笑んだ。
「あら……お久しぶりね……」
「ジーンさんも新同盟軍に参加していたんですね。でも少し雰囲気が変わったような……」
グレミオが首を傾げると、セフェリスもジーンを見つめながら口を開く。
「グレミオも、そう思う…?何だか、前よりセクシーになったよね……」
その口ぶりが引っかかってグレミオがセフェリスを見ると、 彼はジーンの大胆な姿に視線を外せなくなっていて頬を微かに朱色に染めていた。 うら若い少年にとっては当然の反応とも言えるが、グレミオは己の心臓が僅かに軋むのを感じた。
「そうかしら?…ふふ……よかったら、いつでもいらしてね……サービスしてあげるわ……」
グレミオですら気を抜けば惑わされそうになる、豊満な肉体と妖艶な声音。 それは男の身であるグレミオには逆立ちしたって手に入らないもの……
「やっぱり3年も経つとみんな変わるね。カスミなんてすごく綺麗になってて、久しぶりに会ったときはびっくりしたし……」
セフェリスのそんな言葉が追い討ちのようにグレミオの胸を抉った。じくじくと痛むそこへ無意識に手を添える。 一方でセフェリスは窓の外を見ながら時間を気にし始めていた。
「グレミオ、そろそろ暗くなってきた……夕飯の準備、手伝うんでしょ?それにナナミにも料理を教えるって……」
「………あっ、はい、そうですね」
その声にグレミオは思考の迷路からどうにか抜け出して、いつもの間延びしたような返事をした。 こうもセフェリスの言動にいちいち滅入っていては身が持たない……わかってはいるのだが。
「じゃあ私はそろそろ厨房に向かいますね。えっと、場所は……」
「北口から行くのが近いけど……ううん、ぼくが送ってくよ。城の中は結構迷いやすいから」
ぼくについてきて。そう言ってセフェリスはグレミオを厨房まで先導した。その背中を追い続けながら、 いつしかグレミオは声も無く、セフェリスへと問いかけていた。
(ぼっちゃん……もし私がカスミさんやジーンさんのように『女』という生き物だったら、 あなたは私のことも見てくださいましたか……?)



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