「う……ん…」 窓から差し込む穏やかな光。朝の気配を感じて、セフェリスはうっすらと瞳を開ける。 (あれ…?ぼく、いつのまに寝たんだろ……) それどころか、いつ着替えたのかすらも記憶に無い。セフェリスが寝ぼけた頭でぼんやりとしていると、 部屋のドアが開く音が聞こえて、億劫気にそちらに視線を移す。ドアを開けて入ってきたのはグレミオだった。 既に身支度を整えた彼は、湯の入った容器を手にしてこちらに歩いてくる。 「ぼっちゃん、目覚めましたか?」 セフェリスはいまだはっきりとしない頭でグレミオの姿を視線で追った。 セフェリスを起こしに来るのも、洗面用の湯を持ってくるのも、セフェリス付きの世話係の役目だ。 それなのに何故今日はグレミオが…?いや違う、これはずっと昔からグレミオの役割だった、 以前のように戻っただけなのだ。グレミオが、生き返ったから…… 昨日の出来事は夢じゃなかった。そう安堵してセフェリスは瞳を閉じながら息を吐いた。 「まだ眠いですか?ぼっちゃん」 グレミオはベッドの端に腰を掛けると、セフェリスを見下ろしながら猫をグルーミングするように髪を梳いた。 昔と変わらない懐かしい感覚に身を任せているセフェリスに、グレミオは微笑みながら語りかける。 「ひとつのベッドで一緒に眠ったのは、随分久しぶりでしたね」 予想外の言葉にセフェリスは目を見開いて、気恥ずかしさでほのかに頬を朱に染めた。 「一緒、に……?お、覚えてないよ……そんなの…」 それは残念でした、とグレミオはくすくすと笑う。 「キスしたことも覚えてないなんて言ったら、グレミオ拗ねちゃいますよ?」 「〜〜〜〜っ!!」 昨夜の出来事が脳裏に蘇り、可哀想なほど顔面に血流を集めてしまったセフェリスは咄嗟に布団を頭まで被って紅潮した顔を隠した。 そんなセフェリスをグレミオは可笑しそうに眺め、布団の端からほんの少し覗く少年の頭をぽふぽふと軽く叩いた。 「あともう少しならベッドにいてかまいませんよ。世話係の方には先ほど私から言っておきましたから」 「うーーーー」 呻きながらゆっくりと掛け布団をずらし、まだ少し赤い顔を晒しながらグレミオを恨めしげに睨み付ける。 その視線をまっすぐ見つめ返したグレミオは、ようやくセフェリスのうさぎのようになった瞳に気づいた。 「…目が真っ赤ですね。まぶたもこんなに腫れて……昨日あんなに泣いたのですから、仕方ありません……」 グレミオは右の手のひらでセフェリスの両目をそっと覆い、その手に宿った紋章に語りかけた。 「水の紋章よ、その力を示せ……」 するとグレミオの右手は柔らかな光を放ち、輝きはそのままじんわりとセフェリスのまぶたに染み込んでいく。 光が収ってゆっくり手を離すと、セフェリスの真っ赤だった瞳は本来の色を取り戻していた。 「はい。ちゃんと元通りになりましたよ。これなら、皆さんに顔を見られても大丈夫」 鏡を見ていないのでセフェリスには自分の顔がどうなっているかわからないが、まぶたの重苦しい火照りがなくなったのを感じて、 目の前でにこにこと笑っているグレミオにひとまずの礼を言った。 「あ、ありがと……いつの間に、紋章を?」 「これですか?ジーンさんが、復活祝いだとか言って、宿してくれたんです。 私の魔力では全体回復魔法はほとんど使えませんけど、ぼっちゃん一人を癒すくらいのことは出来ます」 グレミオは上機嫌な様子で、右手の甲に刻まれている水を模した紋章に触れる。 「紋章をつけるのは初めてですけど、なかなか便利ですね。 戦いが苦手な私でもぼっちゃんの力になれることが、純粋に嬉しいです……」 「…もしかして……グレミオも、グレッグミンスターまでついてくるのか?」 グレミオの口ぶりがいやに気になって、 ゆっくりとベッドから上体を起こしたセフェリスが問いかけると彼は当然だとばかりに答えた。 「もちろんです。…といっても、後方部隊ですけどね。生き返ったばかりの状態で前線に出るのは自殺行為だと、 ビクトールさんやクレオさんやルック君や他にもいろんな方に、とおおぉーーっても、念入りに釘を刺されてしまって……」 「…そう」 彼らの思惑は、セフェリスにはよく理解できた。皆、グレミオに万一のことがあったらいけないと考えたのだろう… 他の誰でもない、セフェリスのために。今までの壊れかけたセフェリスをずっと見てきた彼らだからこそ、 余計に慎重になっているようだ。 「一年以上ものブランクがありますからね。私にも勇猛と無謀の区別はついているつもりです」 グレミオはそう語るが、本心ではセフェリスと共に戦いたい気持ちがあることは間違いない。 傍に居たい、その想いは二人とも同じ。それを押し殺し、セフェリスは強い瞳でグレミオを励ました。 「ぼくは絶対に負けない。だから心配しないで。グレミオも、自分の身は自分でしっかり守るんだよ。 もう決して、あんなことにならないように……」 そうだ、二度と喪うわけにはいかない。もしまたグレミオがいなくなったりしたら、 きっと自分は今度こそ狂い死んでしまうから……戦場でリーダーである自分の傍にいれば、 そこには常に危険がつきまとう。だからむやみに近くに置くことはできない。 (…あ……っ…) セフェリスは、ふっと気づいた。たとえ戦争が終わったとしても、自分の傍にいるのは危険なのだ…… 呪いの紋章、ソウルイーターを宿している限り……表情こそ変わらなかったが、 セフェリスはいつしか人知れず右手の甲をきつく押さえつけていた。 (グレミオ……ぼくたちはもう、一緒には…いられないんだ……) そして、長きにわたる戦いは…今まさに終わろうとしていた。 黄金帝バルバロッサは、総ての元凶ともいえる傾城の宮廷魔術師ウィンディを引き連れて、 宮殿の屋上にある空中庭園から身を投げた。その死の報は瞬く間に戦場と化した帝都中に知れ渡り、 激戦を繰り広げていたそこかしこから次々と味方の歓声が沸きあがった。 帝国側の兵士もほとんどが戦意を失い投降した。しかしいくつかの部隊は決死の抵抗を続けており、 解放軍の勝利は決定的となったものの、いまだ情勢は混乱していると言っていい。 乱戦が続く中いつしか陽は沈み、時は星々のきらめく夜を迎えていた。 徐々に崩壊を始めた黄金宮殿からの脱出のさなかで、 セフェリスと共にバルバロッサと戦ったビクトールとフリックの両名が行方不明となり、 最後までセフェリスと居た何人かもやがて散り散りとならざるを得なくなった。 だが、この混乱のさなかでセフェリスの居場所ばかりを気がかりにする人間はほとんど無きに等しかった。 セフェリスはその状況を利用して、ためらわず動いた。闇夜に紛れやすい墨色のローブを身に纏い、 フードを目深にかぶって顔を隠し、単身グレッグミンスターの街はずれのとある場所に向かった。 中心市街からかなりの距離があるため、さすがにここまでは戦火も及んでいないようだ。 死闘の喧騒が遠くの方から微かに聞こえるのみで、人けもなく静かだった。 セフェリスが向かっているのは、生い茂る樹木でカモフラージュされた抜け道だった。 ここからならば、正門も裏口も通ることなくグレッグミンスターの外に出ることが出来る。 セフェリスが小さな頃に偶然見つけた秘密の小道……とはいえ、正直な所もはや『秘密』とは言い難いのかもしれない。 昔からセフェリスがこっそり街の外に出るときはいつもこの小道から抜け出していた。 その所為か、この小道の存在を知る大人は存外多い。 父テオを通じて軍内部にも知れ渡ってしまったし、もちろん、セフェリスが脱走するたびに探しに出た人たちにも。 クレオや、パーン、そして……。 「…見つけましたよ、ぼっちゃん」 だから、背後から声をかけられたときもセフェリスは大して動揺を覚えたりなどしなかった。 振り向くと、さほど離れていない所に闇夜に紛れるがごとく佇む男の姿が認められた。 彼もまた暗色の外套とフードで姿を隠しており、声を聞かなければ誰なのか判らないほどだった。 どうやらここでずっとセフェリスを待っていたようだ、グレミオは顔を隠していたフードをふぁさりと脱ぐと、 少々皮肉めいた口調で語りかけてきた。 「ぼっちゃんらしくなく、詰めが甘いですね。この抜け道は私やクレオさん、 パーンさんならよく知っていることぐらい……ご存知のはずでしょう?」 その問いには答えず、周囲に誰もいないことを確認してセフェリスもまたフードを外した。 こんなものに視線を遮られたくなかったから。セフェリスはグレミオを見やると、口元を軽くほころばせる。…失笑だった。 「……ぼくは結局、最初から最後まで、リーダー失格だったね……こうして人知れず逃げ出そうとするんだから」 まるで他人事のように棒読みで自嘲の言葉を吐く。そんな少年にグレミオは、「もういいんですよ」と柔らかく微笑みかけた。 「後のことなら、皆さんがなんとかしてくださいます。これでいいんです……あなたはもう、充分な代償を支払ったのですから」 「…………」 微かに俯いて、セフェリスは黙り込んでしまう。その心に交錯するのはいかな想いか。 グレミオは沈黙を破り、殊更明るい表情で声を出した。 「ほら、ちゃんと旅支度を整えてきましたよ。ぼっちゃんのことですから、きっとろくな用意をしてないのでしょう?」 「グレミオ……、」 ……迷うことなど出来ない。セフェリスは顔を上げ、強い瞳でグレミオを見据えてきっぱりと言い放った。 「おまえを連れて行くわけにはいかない」 グレミオの笑顔が、蝋燭の火を吹き消したように、ふっと消える。それはたやすく予想できた拒絶の言葉だった。 「ぼくの傍にいたら、この紋章はまたおまえの命を奪うかもしれない。 もうおまえを喪うわけにはいかないんだ。……わかってくれ」 「…いいえ、わかりません」 グレミオはセフェリスから視線を外さない。自らに正直な、眩しいほど純粋な瞳だ。 それがセフェリスの胸に苦痛という形で突き刺さり、セフェリスの表情を歪ませていく。 そんな懊悩などおかまいなしに、グレミオはセフェリスに問う。 「ぼっちゃん……それは本当にあなたが望んだ選択なのですか?」 連れて行けないのだったらどうして、彼がよく知っているこの抜け道から逃げようとしたのか? 本当は、グレミオが来てくれることを心のどこかで期待していたからではないのか…? セフェリスにはそれを認めることなど考えも出来なかった。 「…それでも…駄目なんだ、どうしても。ぼくはもうあんな思いをするのはたくさんだ。お願いだから、やめてくれ……!」 セフェリスは頑なだ、その拒絶はもはや懇願に近かった。しかしグレミオもここで引き下がるつもりはない。 一歩ずつ、ゆっくりとセフェリスに歩み寄る。 「ぼっちゃんのお願いでも、今回ばかりは聞き入れる訳にはいきません」 「来るな!」 セフェリスは悲鳴のような鋭い声をあげ、天牙棍を構えた。 「それ以上近づいたら、これでおまえの足の骨を折る。…ぼくは本気だ」 まるで手負いの獣のように鋭い殺気を放ちながらグレミオを睨み付ける。……こんなにも淋しそうな瞳をしているのに。 グレミオは立ち止まると、スッと目の色を変えた。 セフェリスは思わず息を呑む。いまだかつて見たことも無いような、氷結した冷たい表情の男がそこに居た。 一瞬、殺されるかもしれないと思った。ふたりの戦闘能力の差は歴然であるはず、 しかし今はそんなことは何の慰めにもならない。英雄と呼ばれる少年が『怖い』と感じるほどの恐るべき冷ややかさだった。 「どうしても駄目だとおっしゃるのなら……私は、この場で自らの命を絶ちます」 「……!!」 グレミオはためらわず、斧を手にしてその刃を己の首筋に押し付けた。 凍り付いて動けないセフェリスに向けて容赦なく断言する。その声音すらも極北の風のようだった。 「レックナートさまに助けて頂いた命ですが、仕方ありません。ぼっちゃんの傍にいられないのなら、 これ以上私が生きている意味なんて無いんです」 驚愕と恐怖が顔面に張り付いたまま、セフェリスは声すら発することが出来ない。 目の前の男が、本気で怖いと、恐ろしいと思った。 「わかっているのでしょう?……あなたが私から離れられないように、 私も、あなた無しではもう一日たりとも生きられないのだと」 グレミオの言葉は、紛れもない真理。認めたくなくても、抗うことは許されない。 もはや後戻りが出来ないほど、ふたりの絆は複雑にもつれ、絡み合い、魂ごと縛りあげ互いを締め付けている。 ここでセフェリスが拒絶すれば、グレミオは間違い無く死ぬ。きっと…間違い無く。彼はそういう男だった。 そして、こうやって脅せばセフェリスが拒めないことも、彼は知っているのだ。 極限の緊張状態が空気を張り詰めさせ、息をするだけで肺がきしむ。まばたきの出来ない目が重苦しく痛んだ。 まるで永遠に続くかと思われたその状況を変えたのは、予想にたがわずセフェリスの方だった。 グレミオに向けた天牙棍の先端が微かに震え始め、瞬く間に激しい振動となった。 体勢を維持することすら出来なくなり、やがて諦めたようにゆっくりと、酷くゆっくりと構えを解く。 「………ずるい…よ……」 ようやく発することができたセフェリスの声は、憐れなほどか弱いものだった。 瞳に涙を溜め、身体は小刻みにふるふると揺れ、拗ねた幼児にも似た表情で精一杯の抗議をする。 「…グレミオは、…ずるい……」 セフェリスの声色に満ちているものは決して負の感情ではなく、むしろ…恋しさ。 それを確かに感じ取ったグレミオは、まるで融雪の春を迎えたように、ふわりとその気配を和らげた。 静かに斧を地面へ下ろすと、満面の笑みを浮かべて言葉を返した。 「ええ。私は、ずるいんです。……今更、でしょう?」 その笑顔が、和解の証だった。ふたりの戦いは今、終わりを告げた。 「…グレミオっ……!」 駆け出したセフェリスの手から天牙棍がこぼれ落ち地面に転がる。もはやなりふり構ってなどいられなかった。 気づいたときにはグレミオの胸の中に飛び込んでいた。我を失ったようにすがりつくとグレミオもセフェリスの背に腕を回し、 震える身体を強い力で抱き締めてくれる。 「ぼくは……もう一度だけ逢いたいって、ずっと思ってた。夢や幻なんかじゃなくて、本当のおまえに、逢いたかった。 たった一度だけでもいいから、逢えたら、もう死んでもいい、って思ってた。 だっておまえに逢うときは、自分も死んだときだと…そう信じてたから……っ」 セフェリスの声が、目に見えない恐れの前に揺れていく。恐ろしいのは紋章の呪いか、 それともこの凶悪なほどのグレミオへの想いか。…どうして?涙が溢れてくる…… 「でも駄目だ…!グレミオが生きている所為で、すごすぎる勢いで貪欲になってく!止められない……もう想いが止まらない!」 グレミオの胸元に顔を埋め、とめどなく涙を溢れさせて、むせび泣きながらセフェリスは叫んだ。 どんな紗幕も通さない、何ものにも穢されない、純粋無垢な本心を。 「一緒にいたい……ずっとずっと、一緒にいたい…!!」 怖い…怖くてたまらない。罪深さに負けないように、底知れない畏れに耐えられるように、 どうかこの小さな身体をしっかりと抱き締めて離さないでいて欲しい。 ああ、神様。愚かな選択に罰が下るというのなら、どうかぼくにだけ与えてください。 ぼくが息絶える最後の瞬間まで、この人の傍に居させてください。愛しい人を、死神の鎌からお守りください。 それすら許されないのなら、この人ごと……ぼくを殺してください……。 皇帝崩御の報が発されて数刻。情勢の沈静化とともに正軍師マッシュの死が一同の周知となり、 解放軍の戦士達は喜びと悲しみに胸を満たしていた。しかし徐々に、それとは別の事実に直面してざわつき始めてもいた。 「パーン!ここにいたんだね」 黄金色の女神像が建つ広場に相方の姿を認め、クレオはパーンのもとへ駆け寄った。 「おっ、クレオ。どうやらお互い生き残れたみたいだな」 「そりゃあ、最後の最後でドジ踏むわけにはいかないからね。…それより」 帝都は完全に解放軍によって制圧され、抵抗する兵士ももういない。その喜ぶべき状況のなかで、 周囲には動揺と焦燥が広がりだしている。パーンは僅かばかり眉間に皺を寄せ、渋い声を出した。 「…あぁ。周りの連中も、ぼっちゃんがいないことに気づきだしたみたいだな……」 思った以上に険しく聞こえる声にクレオは苦笑して、兄馬鹿の弟分に向け年下の姉馬鹿が声をかける。 「やっぱり、心配かい?ぼっちゃんのことが……グレミオみたいにあそこで待ってても良かったのに」 するとパーンは声をあげて笑った。「あいつらのハネムーン邪魔するのか?」と可笑しそうにぼやきながら…… カラ元気なのだと、クレオにはすぐ判った。 「俺は馬に蹴られて死にたくないんでな。クレオだってそうだろ?」 「……まあ、心配しないでも大丈夫だろうさ。きっと、あの二人なら……」 深く嘆息した後、クレオは満天の星を見上げて呟く。やはりセフェリスは遠い所へ行ってしまった。 しかし生きているのだ。彼は生きている。だからきっと、同じ空の下に存在している限り、いつかまた会える時が来るはずだから。 「グレミオ、そこ足元危ないから、気をつけて」 星明りだけが降りそそぐ闇夜のなか、グレッグミンスターからバナーの峠へ向かう道をふたりは進んでいた。 先ほどまでは振り返れば微かに帝都の明かりが遠目に確認できたが、今はもう何も見えない。 「…だいぶ帝都から離れられたみたいですね。追っ手らしい気配もありませんし」 「まだ油断は出来ないよ。おそらく、みんなそろそろぼくの出奔に気づき始める頃だろうから…… せめてバナーの峠に着くまでは。無事森に入れたら、一休みしよう」 「ええ。疲れたらいつでも仰ってくださいね」 セフェリスの方が体力はあるだろうに、相変わらずのグレミオの台詞に思わず笑みがこぼれる。 そんなセフェリスがある瞬間、急に立ち止まった。 「ぼっちゃん?どうかしたのですか?」 グレミオが不思議そうに訊いてくる。セフェリスは前を見据えたまま、ぽつりと呟いた。 「………来る」 「えっ?」 何が…?グレミオがそう尋ねようとしたとき、前方に目もくらむほどのまばゆい光が生じた。 光の中に人の姿が確認できる。この光には見覚えがあった。やがて輝きが収まってその容貌があらわとなる。 目の前に現れたのは、長い黒髪を持ち白いローブを身に纏う盲目の女性…… 「…レックナートさま……」 門の紋章の継承者、レックナートはたおやかに微笑みながらまずセフェリスへと労いの言葉を贈った。 「セフェリス、よく戦い抜きましたね。数々の苦難に苛まれても不死鳥のように蘇り…… 今この瞬間生きてあなたに会えたことを、私は心から喜ばしく思います」 その祝福を受け止め、セフェリスは頭を下げると改めて彼女に礼を述べる。 「ありがとうございます。ぼくが今こうして生きていられるのは、レックナートさまがグレミオを生き返らせてくれたから…… あなたのおかげなのです」 「…そう、そのことで今日はあなたがたの元へまいりました……」 レックナートは穏やかな笑みを仕舞い込んで神妙な表情になると、厳かな声で語りかけた。 セフェリスにではなく、隣の従者に向けて。 「グレミオ……あなたにひとつ、伝えておかなければならないことがあります」 「私…に……?」 or 目次に戻る? 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