その後クワンダ将軍の軍勢を、解放軍は初の直接対決で打ち破った。 セフェリスたちは将軍を討つため、セフェリス、グレミオ、ビクトール、キルキス、バレリアに コボルト族のクロミミを加えた6人を先頭にして居城パンヌ・ヤクタ城に突入した。
既に大勢は決したものの、城内はいまだ精鋭の兵士が守りを固めており、 さらにモンスターまで放たれていて、味方は苦戦を余儀なくされた。 玉座の間に居座っていたドラゴンを倒したときにはセフェリスたちの消耗はかなりのものになっていた。
「はあ、はあ、竜をたおしたぞ。クロミミ、えらい」
「手ごわかったな…」
「はい……あの全体攻撃は厄介でしたね」
あと少し戦闘が長引いていたら危なかっただろう。バレリアが満身創痍の面々を見て手持ちのおくすりの数を確かめる。
「セフェリスさま、急いで全員の回復を。クワンダのいる屋上はこのすぐ上……」
彼女の言葉が終わらないうちに、突然入り口から5人ほどの弓兵が玉座の間に乗り込んで来た。
「これ以上行かせるか、反乱軍!!」
「クワンダさまをお守りしろ!」
ビクトールが舌打ちする。迂闊だった、まさか背後を突かれるとは思っていなかったのだ。 敵兵は想像以上に手強かったようだ。ドラゴンと戦っているうちに後続との間に割って入られたのか。 兵たちが一斉に弓をつがえるのを見てバレリアが咄嗟に叫ぶ。
「まずい、皆散れ!!」
「いや駄目だ、セフェリスが狙われる!」
ビクトールがセフェリスの盾になろうと腕を伸ばすよりも先に、グレミオは動いていた。 反射的に身を投げ出し、セフェリスをかばったのだ。
「くっ……!」
背に矢を受けたグレミオが呻く。その瞬間見開かれたセフェリスの瞳。
「………グレミオ!?」
見開かれたセフェリスの瞳、映ったのはグレミオの苦痛の表情ではなく、
…微笑み?
「……ぼっちゃん……ご無事ですね…?」
セフェリスに矢が刺さらなかったことがわかると、彼は心から安心したように吐息ついた。
「…よかっ…た………」
力尽きたようにグレミオがゆっくりと崩れ落ちる。
「…ぐ…レ……?」
こんな光景、初めてだった。足元に倒れて動かないグレミオと、その背に刺さった2本の矢。 そのときセフェリスのなかの何かが切れた。
「…あ…あ……っ」
(グレミオ……)
同時に全力で駆け出していた。目の前の敵めがけて。
「あ……うああああ…!」
(グレミオ……!)
「…よせ!!ひとりで5人相手は無茶だ!セフェリス!!」
右肩に矢の刺さったビクトールが顔を歪めながら叫ぶ。彼の制止の声すら届かず、セフェリスは突進していった。
(…グレミオ…どうしたらいい……?)
(ぼくの身体が……ぼくの心が……)
(憎しみを……怒りを………止められない!!!)
「うわあああああああああ!!」
咆哮をあげて敵中へ飛び込んでいく。再び矢が飛んでくるが今度は狙いが甘い。 頬と足を掠めたがセフェリスは止まらなかった。弓兵は一般的に白兵戦を不得手とし、懐に入られると弱い。 一人の喉元めがけて棍を突き上げると間をあけずにもう一人の顔面に一撃を叩き込む。 短剣で斬りかかってきた敵の攻撃を素早くかわすと、足、みぞおち、顎へ立て続けに棍を繰り出す。何度も骨の砕ける音がした。
「あああああああああああ!!!」
いつしか敵の半数以上が倒れ、残りの2人の抵抗も無きに等しかった。 だがセフェリスは残った逃げ腰の兵士の頭上に棍を振り下ろす。頭蓋骨が陥没して脳髄が飛び散った。
「セフェリス!もういい、やめろ!!」
ビクトールは強引に肩に刺さった矢を抜いてセフェリスに駆け寄っていく。 倒れたグレミオの傷を診ていたキルキスの手が止まってしまっている。 いつもぴんと立っているクロミミのしっぽが垂れ下がり震えている。 ある程度戦慣れしたバレリアまでも呆然と立ち尽くしている。
「やめろ!もう全員死んでる!!」
倒れて動かなくなった敵にセフェリスは繰り返し棍を叩きつけ続ける。 ビクトールが駆けつけるとセフェリスを羽交い絞めにした。
「落ち着け!おまえが取り乱してどうするんだ!おまえはリーダーなんだぞ!! 『仲間ひとりが気絶したぐらいで』暴走するリーダーがどこにいやがる!!」
「離せ!……はなせっ!!」
それでも棍を振り回そうとするセフェリスを、ビクトールは殴り飛ばした。
「少し頭冷やせこのバカ!!」
「ぐっ……!」
ビクトールは怒りをあらわにしてセフェリスを責めた。同時に己自身も責めて。
「少なくとも最後のふたりは完全に戦意を喪失してたはずだ!!なのになんで殺した!!」
「ううっ………グレ…ミオっ…」
(チッ……それでもその名を呼ぶのかよ、おまえは……!)
セフェリスは固く棍を握り締めたまま、静かにうなだれた。そのとき、かすかにセフェリスを呼ぶ声がした。
「………ぼっちゃん…?」
その声をセフェリスの耳は逃さなかった。
「…グレミオ?」
セフェリスは素早く立ち上がるとグレミオのそばに駆け寄った。
「グレミオ…!グレミオ……」
セフェリスは座り込んでグレミオの手を取った。彼には、ビクトールとの会話が聞こえていたのだろうか、 セフェリスと目を合わせると哀しそうに呟いた。
「……ころしたのですか?無抵抗の人を……」
「………!」
その言葉に、セフェリスは叱られる寸前の子供のように怯えたような表情を浮べた。 それはグレミオに育てられたがゆえの本能的なものだった。
グレミオは手を伸ばし、黙ったままのセフェリスの頬のかすり傷、 ほんの少し血の滲んだ傷をいたむようにそっと撫でて、穏やかに語りかけた。
「どうしたんですか…?ぼっちゃんらしくないですよ?……ぼっちゃんはお優しい方なのに……」
セフェリスが辛そうに目を伏せる。それをあやすようにグレミオは笑ってみせた。
「ぼっちゃんは優しいんですからね?……むやみにひとを殺したりしませんよね……?」
セフェリスは自分の頬をなぞる白い手指をぎゅっと握り締めると、静かに頷いた。
「………うん……もう殺さない……」
「それでこそ…ぼっちゃんです。…それじゃあ早く行きましょう。あと少しでクワンダを………あ、…いたた…」
身体を起こそうとして、思わず背中の痛みに声をあげた。それでも立ち上がろうとするグレミオをセフェリスが慌てて止める。
「だ、駄目だよ!動いたりしたら……」
「心配するほどのものじゃないです」
「でも……」
セフェリスさま、とキルキスが助け舟を出した。
「グレミオさんの傷は…深くはないです。さっきおくすりを使ったので、ほとんどふさがってきているはずです……」
話す内容の割りにキルキスの顔色はすぐれない。ふとビクトールは気になって周りを見ると、 バレリアも同じように、やけに神妙な顔つきをしている。
(…まずいな……セフェリス)
グレミオは眉を寄せながらも、存外しっかりした足取りで立ち上がった。
「私は大丈夫です。まだ走れます……」
「……わかった。敵将は目の前だ。クワンダを捕らえに行こう」
淀みを振り切ったセフェリスの声。その力強さにさえビクトールは一抹の不安を感じずにはいられない。
(…『倒しに』、じゃなくて……か)
彼の『嫌な予感』は、気味が悪いほど現実味を帯びてきていた。
その後、帝国将軍クワンダ・ロスマンは、宮廷魔術師ウィンディが授けた支配の紋章『ブラックルーン』に よって操られていたことが判明した。元々は誇り高き武人であるクワンダは正気を取り戻した際に処刑を望んだが、 セフェリスは彼を許し、解放軍へ誘った。こうして解放軍の初陣は見事、勝利に終わったのである。



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