Diktator



マクドール家の屋敷の主は御年わずか14の黒髪の少年。 遥か東の国で使われるという『カタナ』の刃の切っ先のごとく、 繊細でありながらきりりと強い高貴な顔立ちで、 緑の髪飾りと品の良い真紅の服がよく似合う当主だった。
「ぼっちゃん、お茶の時間になりましたよ」
傍らの執事が少年に告げる。数年前に少年の父が急逝した後、 屋敷の人間はみな少年のことを成人とみなし名で呼ぶようになったが、 この若き金髪の執事だけは昔からの呼び方である「ぼっちゃん」と呼ぶことを許されていた。
黒いスーツに身を包む執事の容貌もまた印象的で、 その雰囲気はまるで大輪の百合を思わせるような華やかさと儚さを併せ持っており、 頬の十字傷が無ければ女性と見まごうほどの美しさだ。 万事控えめな彼の佇まいは主である少年の存在感をいっそう引き立てていた。
「わかった…休憩室に行こう、グレミオ」
執事の流麗な金髪を軽く手でもてあそびながら少年は微笑んだ。 少年は、この長い金色の髪を持つ執事を殊のほか寵愛していた。それこそ、片時も離そうとしないほどに。
「……なんだ、これは」
軽食用にこしらえられた小さめのマホガニーテーブルについた少年は、 メイドが置いた今日のお茶菓子、目の前のパンプディングを見るや明らかに機嫌を悪くさせた。
「ぼくはお腹に溜まるものが食べたいって言ったはずだよ」
パンプディングの甘い香りを煙たがりながら言い放つ少年の冷たい声に、メイドが血相を変えて言いつくろう。
「は、はい…ですから、今日はパンプディングを……」
メイドの言葉が終わらないうちに、少年は乱暴な手つきでパンプディングを皿ごとテーブルから叩き落した。 ガシャン、という食器の割れる鋭い音にメイドが身をすくませる。
「無駄に甘ったるいのは好きじゃない。ブリオッシュを持ってこい。 そうだな、7番街のローザの店が焼くあのブリオッシュだ。 30分後にまた此処に来る。それまでに用意しておくんだ」
「は、はい!申し訳ございませんでした、セフェリスさま」
深々と頭を下げるメイドから視線を外すと、少年は傍らの執事に命令した。
「グレミオ、あのメイドの俸給を10パーセント下げろ。それから、コックはクビだ」
「…かしこまりました」
このように、少年は屋敷で縦横無尽に振舞っていた。わがままのし放題、 気に入らなければ誰でも彼でも直ぐに屋敷から追放する。 今日も使用人やメイドの間で囁かれる良くない噂話、 今週は誰が減俸になった、今月は何人免職を受けた、交わされるため息と焦燥。
少年の父が亡くなってからというもの少年の暴虐ぶりは増すばかり、 屋敷の人々は少年のご機嫌伺いにこれ以上無く神経を注ぎ、 少年の一言でたやすく飛ぶ自らの首を薄皮一枚でつなぎとめていた。 まさに少年は、屋敷の恐るべき独裁者だったのである。



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