Scene6


……そこにいるのは、誰…?
とても…とても、優しい気配。
えっ?何を…言っているのですか?
あなたは、誰なのですか?
差し伸べられる、暖かい手。
ああ、私を導いてくださるのですね。
どうか、連れて行ってください……。



「……グレミオ…、グレミオ」
閉じられたまぶた、金色の長いまつげが僅かに震えたのを見て、テオが軽く肩を叩き、声を掛ける。 ほどなくして、綺麗な翠色の瞳が姿を覗かせた。ほんの少しの間、 遠くの方を見るようにぼうっとしていたグレミオだが、 直ぐ隣でこちらを心配そうに見つめるテオの視線に気づくと、あどけなく微笑んだ。
「…テオさま……」
「大丈夫か?グレミオ。薬はもう抜けたか…?」
グレミオは上体を起しながら、己の身体の状態を確認する。意識が飛んでいた間に、 テオによって後処理は済ませてもらえたようだ。不快感はほとんど無く、 全身が行為の後独特の心地良い気だるさに包まれていた。
「ええ。もうすっかり大丈夫です」
さきほどの性交で腰が抜けてしまったかもしれないが、おそらくじきに歩けるようになるだろう。テオは安堵のあまり深く溜息を吐いた。
「私としたことが恐怖を覚えた。…おまえを殺してしまったかと思った」
「…セックスで死ぬほど『やわ』ではありません」
ご安心を、とグレミオは微笑むが、テオの表情は芳しくなかった。
「あんなに激しく乱れるおまえは、久しく見ていなかった……」
「テオさま…?」
テオは苦悩していた。かつてないほどグレミオを手荒く抱いてしまったことに、ではない。 グレミオのあんな苛烈な一面を目の当たりにしてしまったからだ。
「…ミルイヒの言うとおりかもしれんな。歳若いおまえにとっては、 私との凡庸な性交では物足りないこともあるだろう……」
言いながら自嘲の笑みが顔に浮かぶ。 今までも、グレミオと歳が離れていることに負い目を感じることは無いわけではなかった。 体力には自信があるが、テオはあまり理性を捨てたような激しい抱き方をしない。 その所為で今までグレミオを本当に満足させてやれてなかったのではないかと、 気絶したグレミオを見たときにふと疑問に思ってしまった。そして次の瞬間テオを襲ったのは、強い罪悪感だった。
まるで胸を大きなナイフでえぐられたような感覚だった。 一旦傷ついた痕は癒えず、大きな穴がぽっかりと開いて冷たい風が吹き抜けて、胸の中を凍てつかせる…… だがその胸を溶かしたのは、他でもなくグレミオの頬を伝う温かな涙だった。
「そんなこと、おっしゃらないでください……!」
グレミオは次々と流れる涙を拭うこともせず、テオに抱きついた。 広い背中に両腕を回し、ぎゅうっと抱き締める。胸元に顔をうずめ、 テオの着衣を涙でしとどに濡らしながら語りかけた。
「テオさま、私が夜ごとあなたに抱かれるたび、どんなに気の遠くなるほどの幸福感に狂わされているか… どんなに息絶えてしまいそうな熱情に心を奮わせているか……あなたには伝わっておりませんでしたか?」
「……グレミオ」
テオもまた、グレミオの背に腕をそっと回す。…温かかった。グレミオの体温も、その想いも、その涙も……
胸が痛い。冷えきった身体が熱い湯に触れたときの痺れに似た、甘美な痛みだ。 グレミオのすべてが愛しい。存在が、愛おしい。愛しすぎて、胸が痛い。
「…セックスが唯の享楽ではないと教えてくださったのはテオさまです。互いを想い合い、 心を通わせながらまぐわう快楽を知ってしまった私は、まるで中毒患者のようにあなたを求めてしまう。 もう戻れません…底なし沼に沈んでいくようです。物足りないだなんて…きっと一生思えない……」
グレミオはようやく顔を上げ、テオと視線を絡ませ合った。ポロポロと溢れる涙は零れるに任せ、 霞んだ視界でテオの愛しさに満ちた気配を感じ、乙女のように無垢な微笑みを浮べる。
「私は……とても幸せです…テオさま……」
その温かい吐息を掬い取るようにテオは唇を重ねてきた。元来饒舌ではないテオは、 下手な睦言を囁くよりもこうした方が想いを直線的に伝えられる。舌を深く絡め、唾液を交わし合い、 繰り返し角度を変えては優しく口腔内をくすぐった。
情熱的な口づけは随分と長く続いたが、辛うじてテオが理性によって衝動を押しとどめ、銀糸を垂らしながら舌を離す。 グレミオはまだ足りないとばかりに物欲しげな視線を向けてくるが、テオは耳元で低く囁いた。
「……続きは夕食を終えてからにしよう、セフェリスやクレオが要らぬ心配をするからな。 だが…そこまで言うのなら、朝まで付き合う覚悟は出来ているのだろうな…?」
グレミオはキスで紅潮した頬を更に赤らませて……こくん、と小さく頷いた。





−あとがき−
テオグレ処女作です。処女作なのに、触手…っ!
ミルイヒに強姦されそうになったグレミオをテオさまが助けに来る、というネタは随分前から温めておりました。
そのときは、はいよるツタに緊縛させよう、という位にしか決めてなかったのですが、
同胞の伽耶さんの「はいよるツタとはいよるねんえきのコンボ」という一言で、
このお話の運命は大方定まってしまいました(笑)。
粘液が振動したり電流がどうこうという設定は、
『粘液でべとべとになったグレミオ』というエロティシズムを表現しきれなかった、
わたしの文章力の至らなさから生まれた苦し紛れの案です。ごめんなさい。
そしてやはり純愛を書くのは恥ずかしかった…!
最近どんどん受けグレミオが乙女化していってるような……?




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