Scene3
グレミオは目の前のおぞましい物体に生理的な嫌悪感を覚え、束の間苦痛を忘れてしまう。 ぬめぬめと特殊な光沢を放つ『それ』は、ゆっくりと人に近い形状に変化した。 その頭部とおぼしき部分をミルイヒは何度か撫でながら、誇らしげにこのモンスターをグレミオに紹介する。 「わたくし、ミルイヒ・オッペンハイマー特製のペット、『這い寄る粘液』です。ご存知かしら? これは通常の粘液が生命を持つことである程度の硬度を保ち、あらゆる型を形成し人間に襲い掛かるモンスター。 もちろんこの子も、わたくしの意のままに動かすことが出来ますよ。 でも困ったことに、この子は綺麗な男の方には目が無い性癖で…… わたくしが操らずとも、あなたを襲いたくてうずうずしているようですね」 ミルイヒはそう言うと、ひとまず右手の紋章を収めた。主の手を離れたモンスターは、まさにその名の如く、 ずるりと這い寄ってくる。徐々に接近する粘液の塊、グレミオは恐怖で顔を引きつらせた。 「や、やめ…て……!」 どうにかして逃れようと足掻く。しかし全身をツタで絡め取られているため、 ほんの僅かな身じろぎ程度しか許されない。 「さあ。たっぷり可愛がってさしあげるんですよ?」 その言葉がサインだったようだ。粘液は右手らしき部位をグレミオへと伸ばすと、『指だけが』、 粘着質な音を立ててグレミオの頬へと落ちた。 「ひっ…」 ぬるりとした感触と生温かさに思わずグレミオは息を詰まらせた。右手指を失ったモンスターは、 そのまま手のひら、肘、上腕、肩と立て続けに切り離し、グレミオの肢体を汚していく。 右腕が無くなれば今度は左腕、そして頭部、首、胸……ひとつひとつが、 粘液というよりは小さなスライムにも似た塊となって、グレミオの全身にへばりついた。 「な、なに…これ……」 「バラバラになってもこの子の意識はちゃぁんと存在しています。多くの分身を自在に操る、 ちょうどピアノを弾くような感覚ですね。左右の手を全く違うように動かす…あれの発展系です。 まあ、あなたはピアノを弾いたことはなさそうですけれど」 無数に分裂したゲル状の粘液、それぞれが身体中で不規則に蠢きだす。 首筋で、胸元で、脇腹で、鎖骨の上で太腿の裏で足のつま先で…とてもじゃないが数えきれない、 首から下はもう正常な肌色が露出している部分の方が少ない気がする。 粘液の感触は舌を這わされるそれに比較的似ているが、 肌に纏わりつくような感覚は全く未知のものだ。 背筋をじわじわと快感がせり上がっていく、それは次第に嫌悪感すらも凌駕していったが、 もはやどこが気持ちいいのかグレミオにはさっぱりわからなかった。 「…ぁっ……や、ぁ…っん……」 粘液はグレミオの弱い箇所を求めるように皮膚を伝っていく。 ある塊は膝の裏から太腿へゆっくりと流れて行き、 鎖骨の辺りを彷徨っていたいくつかの粘液のうちひとつは重力に逆らって肌を這い上り、 首筋を愛撫していたツタと絡み合った。 分裂と合体を繰り返す粘液はグレミオの身体中にねっとりと吸い付き、 ゆるやかな快感を与えながら急所を探ってしきりに這いまわる。 極度の興奮によりピンク色に染まった肢体を青い粘液でべとべとにした青年の姿は、 まさに恐ろしく背徳的で色鮮やかな春画図。ミルイヒはくすっと笑いながら問いかけた。 「いかがですか?なかなか気持ち良いでしょう…?」 「そ…んな、こと……ない…ですっ…!」 瞳を潤ませ、頬を紅潮させたグレミオはそれでも抗おうとする。自ら墓穴を掘っていることなど気づきもせずに。 「おや、ご不満の様子。仕方ないですね……さ、もう少し激しくしてさしあげなさい」 すると全身の粘液が突然小刻みにぶるぶると波打ち、震え始めた。 思いもよらなかった強烈な刺激にグレミオは鋭い声をあげる。 「やだ…あぁ、ぁあんっっ!」 グレミオの身体が大きく跳ね、そのはずみで下腹部をさまよっていたひとつの塊が、 ずっと先端から涙を零し続けている器官に貼り付いた。 そこは意外にも、ツタが幹に数本絡まっているだけの状態のまま放置されていたのだが。 「だ、だめです…っ!そこは……!」 ミルイヒによって調教されたこのモンスターは、人体の敏感な箇所を熟知している。 今までそこに触れなかったのは、単に焦らしていただけのこと。そしてとうとう勿体ぶるのを止めたのだ。 「…いやぁ……ひっ…く、ぅうっ……」 いくつかの粘液が吸い寄せられ、性器をすっかり包み込んでしまう。 それを見たミルイヒは嬉しそうに「賢い子ですねえ」と褒め称えた。 「なかなか器用な芸当でしょう?この子は品種改良というよりは、一種の遺伝子操作によって生まれたものですが… 通常の同系モンスターには無い能力をいくつか備えております。 振動を与えることや、それから……もっと素敵な技も。」 「ぇ…っ…あ、あああぁ!!」 パチンとミルイヒが指を鳴らすと、信じられないような快感が全身を突き抜けた…… グレミオは一瞬何が起きたのかわからなかった。えもいわれぬ絶頂感とその余韻で自分がイッたことを辛うじて悟る。 小刻みに身体を震わせながら頼りなく息を吐いた、その刹那にまた同じ衝撃に襲われ悲鳴を放つ。 それは絶えることなく断続的にグレミオを攻め立てた。 「…ぁ…くぅっ、ア、あああ…!」 何度も何度も繰り返される、痛みにも似た快感。いや、これはおそらく痛みだ。 真冬に金属製のドアノブに触れたときによく味わう、静電気による痛みに酷似していた。 おそらくこのモンスターが微弱な電気を発しているのだ、そのことに気づくのに随分と時間がかかった。 そして朦朧とする頭で疑問に思う、痛いだけのはずなのに、何故こんなにも感じてしまうのだろう…… 「ど…うして…っ?……あぁ…あああぁっ!……は、ぁ…ぁ……あっ、やああぁぁ…!」 ミルイヒはソファには戻らず寝台に腰を掛ける。こんな素晴らしいショー、間近で見なくては勿体ない。 言葉でしきりにグレミオをなじりながら、たとえようのないほどの高揚感に酔っていた。 「電流を流されただけでそんなに悦んでくれるなんて……痛いでしょう? でも、それ以上に気持ちいいのでしょう?おそらくは本能的に痛みを快楽として感じ取ってしまっているのでしょうね。 きっと…それはあなたが淫乱だからですよ」 「ち、が…ぅ、やぁっ…また、出…る……っあああ!」 甲高く鳴いて、全身がわなないて、二度目の絶頂に酩酊する。吐き出された白濁は亀頭を覆っていた粘液と混じり合って、 青と白の綺麗なマーブル模様を描いた。尿道に残った精液を吸い尽くされる、 そのたまらない感覚にぶるりと震える。そう、粘液はグレミオの精を一滴残らず『飲み干した』。 「…許して……お願…い…もう……許し……」 悲痛な哀願は聞き流される。そしてミルイヒは粘液の微妙な変化を察した。 「……おや?この子ったら、よほどあなたのことが気に入ったようですね。あなたの中に入りたいと言っています……」 びくっ、と、快感とはまったく違う要因でグレミオの身体が固く強張る。 無数にはびこる粘液のうちのいくつかが、最も触れて欲しくない箇所へと向かっていた。 「ふふ…どこから入るのか、なんて愚問はナンセンスですよ。もちろん…下のお口から……」 「……、…!」 それだけはやめて、と必死に言おうとするが、息が詰まるばかりで全く声が出せない。 目的地に到達した粘液が次々と強引にもぐり込んでくる、内壁に貼り付いて震えながら電気を流されるそのおぞましさ、 極限の嫌悪感とそれを裏切る純粋な射精感がグレミオという人間を破壊せしめ、 崩壊していく断末魔の音が絶叫となって部屋に響いた。 「いっ…いやああああぁぁぁぁ!!」 グレミオの瞳はこみあげる涙を抱えきれず、びくん、びくんと身体が揺れるごとにほろほろ溢れ、 絶え間なく頬を伝って流れ落ちていく。立て続けに強制的な絶頂を迎えるが、これはもはや快感を伴った拷問だ。 長時間にわたる責め苦によって既に心も体も疲弊しきっていた。いつしか悲鳴を発することも出来なくなった。 ただ断続的に震えながら、涙を零し続けるばかり。 「……ぁ……あぁぁ………はぁん……あ、…ぁ………」 綺麗な翠色をした瞳から徐々に光が失われていく。グレミオの精神は閉じつつあった。 見かねたミルイヒが粘液をたしなめる声も、どこかずっと遠くの方から聞こえるようでグレミオの耳には届かない。 「こら、あまりいじめ過ぎてはいけませんよ?また前の子みたいになったら後々面倒……」 身体中が悲鳴をあげてる もう、限界…… 気が、おかしくなる 狂った方が、たぶん…楽かな なのにどうして発狂しないの どうしてあがくの、しがみつくの なんで? どうして? …………。 ……ああ、そうか 私を狂わせることが出来るのはこの世にただ一人 あの方だけなのだから なぜ?こんなにもあなたを近くに感じる あなたが、来る…… …テオ…さま………。 or 目次に戻る? |