おだやかな風が吹いていた。
私は1人、丘の上に佇む。
その先には、嘗て魔晄都市と呼ばれた土地がある。
今でこそ緑があふれる場所、
そこでは人々が唯々静かに暮らすだけ。
私は、先程からじいとその土地を見つめている。
都市の面影を描こうとするが、その記憶は薄く滲み、
彼の面影を描こうとするが、そこには暖かな光があるだけ。
それは彼が星に帰ったときに見たような、暖かい光。
やがて私はおもむろに、歌を歌い始めた。
There rolls the deep where grew the tree. (波のうねるその場所には、かつて木々が生えていた)
O earth, what changes hast thou seen! (おお大地よ、どれぼどの変化をお前は見たのか)
There, where the long street roars, hath been(ざわめきたつ大通りには)
The stillness of the central sea. (かつて海のただ中の静けさがあった)
The hills are shadows, and they flow (連なる丘は影。次々と形を変え)
From form to form, and NOTHING stands; (とどまるものはひとつとしてない)
They melt like mist, the solid lands, (固い大地は霧のように溶け)
Like clouds they shape themselves and go. (雲のようになって去りゆく)
私はここでいったん歌を切ると、
風をめいっぱい感じ取るように目をとじた。
「…………But」
But in my spirit will I dwell, (だが私は私の魂のうちに住み)
And dream my dream, and hold it true; (私の夢を見つづけて、それを真実とみなす)
For though my lips may breathe “adieu”, (私の唇が別れを告げようとも)
I cannot think the thing farewell. (それを永遠の別れと思うことはできない)
「I cannot think the thing farewell……I cannot think」
私は感じ取る。彼はそこにいる。
彼はそこに、いる!
「…farewell……I cannot think………」
「なかなかに上手いな。おまえとしては」
「………大抵のことはできるようになるさ。
時間はくさるほどあったんだから」
「それもそうだな」
彼はククッと笑うと私の耳元を通り過ぎてゆく。
彼が星に受け入れられて、良かった。
私はこうして彼と語ることができる。
あれは告別じゃない。決して告別ではない……
「farewell………farewell, farewell……………」
Alfred, Lord Tennyson 「There rolls the deep」より
Hubert Parry 作曲 『There rolls the deep』 を聴いてこの文はできました。
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