いま俺たちが住んでいる神羅屋敷は、既にあちこちにガタがきている。
押すと「ぎい」と音のなる扉はそのひとつ。
ホール内のグランドピアノもそのひとつ。
ピアノとにらめっこしてる同居人も……いやいや、大丈夫だ。まだ大丈夫。
「あんた、何してんだ」
「ピアノを修理している」
「初耳だな。あんたにそんな芸当ができるなんて」
「さあな」
さあな、じゃない。ピアノはデリケートだって幼なじみが言っていた。
よくミュージックコードを切らなかったものだ。
「それはともかく、今日は遅かったな」
「ああ、星が……」
「星?」
「星が、きれいだったから」
「………」
俺の故郷一番の自慢、満天の星空。
何だ。田舎っぷりを自慢してるみたいだ。
でも、いいか。俺はここの星空を、どうしても嫌いになれない。
「ちょっと、こっちにこい」
そういうと奴はピアノ正面のいすに腰掛けた。
そして、奴からみて左側にある白鍵を、すべて、左腕で静かに押さえた。
何故そうするのか分からなかったけど、
きこえてきた響きに尋ねる声を止めてしまった。
la ti do mi so ti la do ti la so la do mi la
do ti la so la mi so re do ti mi so la mi do la
la do ti so la mi so re do ti mi so ti
do ti la so la mi so re do ti mi so la mi do la
「Urmas=Sisaskの『カペラー輝く星』。
シサスクは天文学に通じていたらしく、
天体をモチーフにした作品が多い」
俺は心から感心してこう言った。
「なんか……不思議な残響だな」
不思議な残響。そうとしか言えないのがもどかしいな。
でも、星の輝きを音にするならこんな感じなのかもしれない。
……ただ、ちょっと、不協和音。
奴もすこしだけ口端をゆがめてみせた。
「言ったはずだ。……修理中だと」
思わず、失笑。
「やっぱり、調律師に頼もうよ」
「………」
「ソとラの音が出るだけ、ましにはなったけどね」
「………」
「修理、もうしないの?」
「………ああ」
「なんで?」
「おまえが帰ってきたから」
「………そう」
言うが早いか、俺は奴の腕のなか。
でも、いいか。俺は奴が、どうにも、な。
Urmas=Sisask作曲『カペラー輝く星』を聴いて思いついたお話。
身近にピアノのある人は是非試してみてください。とてもきれいに響きます。
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