曲を鳴らしたい方は再生ボタンを押してください(推奨)

ambivalence


若干生々しい自傷シーンがあります。苦手な方はご注意ください

実にタチの悪い夢だ、と、常々思う。
これは夢であることは、わかっている。 だが、わかっているだけで、オレには何もすることはできない。 身体が動かないのだ、いや、これは正確な表現ではない、 身体が勝手に動くのだ。かつての忌まわしい記憶をなぞりながら

指先がチリチリする。
口の中はカラカラだ。
目の奥が熱いんだ!


なまなましい感触。古代種の娘を刺し貫いたときの感触が、ぞわりと這い上がってくる。 コピーではなく、まるで己自身の手で刺し貫いたかのように。 まざまざと。血のにおいすら!それなのにオレは嗤(わら)うのだ。 のたうちまわるおまえを眺めて嗤うのだ、血に涙を流しながら。オレは叫んだ。かぶりを振って叫び散らした。 嫌だ、もう見たくない。消えろ、消えてくれ!これ以上見たくない…この先は見たくない!

母さんを……ティファを返せ……

背後から斬りつけられた痛みなど問題ではない。 肉体の痛みは、いつか忘れることができる。 だけどどうか、自分、ああ、振り返らないでほしい。この先をオレは知っているのだから

あんたを、尊敬していたのに……あこがれていたのに……

後ずさりしながらおまえは、おもむろに兵士用のヘルメットを脱ぎ捨てた。 今は一番、おまえの顔を見たくないのに。だけどおまえは、 オレのなかの記憶そのままの姿で、そう、乱れた金髪も、歪んだ瞳も、 血とすすで汚れた制服もオレの記憶そのままで、去ってゆくおまえ、ああどうか、 こちらに来ないでほしい。その瞬間、 オレの刃はおまえの脇腹を貫いているだろう。そのときのおまえの顔が、 オレは一番見たくないのだ。もうまくに焼きついて離れないのだ。 だのにおまえは今この時、その顔で、その表情でオレをみつめるのだ。





















まっくらやみに立っていると気づいた。 オレをとらえた夢はまだ続いているのだろう。 先ほどの悪夢からつかの間解放された僅かな安堵、次に来るであろう「何か」への漠然とした不安 が胸のうちにないまぜとなる。
先ずここが「何処」か確認しようと瞳を凝らした。すると自分の前方、 闇の中にじんわりと光が滲んでいるのが判る。 光に寄る羽虫のように、そちらに意識を集中させた。
合わないピントをなおすように、光は徐々にその姿を明確とする。 そしてはっきりと認識できるようになったとき、目の前に現れた光景に、オレは息を呑んだ。
古代種の娘だった。
古代種の娘が、裸体のクラウドを抱いている。 クラウドの脇腹には、まぎれもなく自分のつけた傷があった。 横たわるクラウドの顔は蝋のように蒼白で、ぴくりとも動かない。 古代種の娘は、ただ静かに、クラウドを見つめながら涙を落とす。 それは、Pietà(哀しみ)―――キリストの死を嘆く聖母マリアのピエタ。
「死んでいる……のか」
震えた声で、古代種の娘に語りかける。
「クラウドは死んだのか」
古代種の娘は答えない。こちらに気づいていないのか。 オレはクラウドに触れたくて歩み寄るが、一向にその距離は縮まる気配がない。 まるで違う次元に存在するかのような。

「あなたの罪を背負って、死んだのよ」
声がかけられたのは、意外にも背後からだった。振り返ると、 いつからそこにいたのか、クラウドの幼なじみだという黒髪の女性が立っていた。 彼女は無表情にこちらを見ている。
「オレの、せいなのか」
見てご覧、と、彼女はふたりを指し示す。
「愛したのがあなたでなければ、彼は幸せになれたのに」
古代種の娘は涙を流し続けている。

クラウドは母の胎内に戻った子供のように、安らかな顔だ。 オレはもう長い間見ていない、ひどく穏やかな顔をして……




時計を確認する。午前2時。あれほど長い夢だったのに、 眠ってからほとんど時間が経過していないことを意外に思いつつ、 オレはベッドを出た。隣で眠るクラウドを起こさないよう、 静かにデスクの引き出しからデザインナイフを取り出して部屋から抜け出した。
風を感じようとベランダに出る。夜風は比較的冷たく、肌には心地よい。 手にしたデザインナイフを月明かりにかざすと、刃がぬらりときらめく気がした。 爪、剃刀、包丁、カッター、いろいろ試したが、 このデザインナイフが一番使い勝手がいいとオレは思っている。 寝間着のそでをめくって青白い肌を露出させると、 腕の外側に微妙な力加減でナイフの刃をすべらせた。 時間差で血がぷつぷつと滲んでくる。血は一旦いくつもの小さな珠になってから流れた。 痛みはない。むしろ自分の血を見ると、 オレの奥底で疼く痛みが少しだけ和らぐのを感じるのだ。 オレはもう2、3箇所傷をつけようとナイフを腕に近づけると、 背後から伸びた手がオレからナイフを奪い取った。
「……起きていたのか」
「あれだけ隣でうなされていたら、誰だって起きる」
クラウドは少しだけ憮然とした表情でオレにナイフを返した。 クラウドに自傷を見られたのはこれが初めてではないが、 彼は特別にオレを注意するようなことはない。
「また、あの夢?」
「ああ」
「……よかった」
クラウドは微笑んだ。それはもう昔のような無邪気なものではなかったが。
「このくらい苦しんでもらわないと、報われないから。たくさんの人たちが」
「古代種の娘。ニブルヘイム。おまえの母親」
「そして俺」
オレは突発的にナイフを自分の左腕に押し付けた。それは咄嗟の防御反応だった。…何を防御する気だったのか。
「……まだオレが憎いか」
クラウドは微笑んだまま表情を変えない。
「憎いよ。憎くてたまらない。時折、気が狂うほどに。 被害者は受けた傷を永遠に忘れない。 だから、あんたは、あんたの罪を決して忘れてはならない」
クラウドはオレの右手に手を重ねると、強引に横に引いた。 かなり深く切ったかもしれない。オレの左腕からは血が滴り落ちた。 それでも全く痛みを覚えない。こんな腕の傷、取るに足らない。
「でも、これだけは覚えていて」
クラウドはオレの腕に唇を寄せ、傷口からあふれ出た血をすすった。濡れた舌が傷口に触れて、その時ようやくぴりりとした痛みが微かに走る。
陶然とした表情で、彼は宣言した。
「この溢れる憎悪と等しい力でもって、俺はあんたを愛しく思う。この上ないほど、愛しいセフィロス……」
オレの胸倉を掴み上げて、緋く緋く染まった唇をオレの唇に押し付ける。 オレは目を細めてそれを受けた。
やがて響く濡れた水音。
月が見ている。
それもいい、青白い光のなか、血のかおりのするキスをしよう。
口移しに伝わるおまえのアンビヴァレンスを恍惚と受け止める。
どうか、息絶えるほど強く、激しく、オレを想っていて欲しい。 愛じゃなくていい。憎悪でも、劣情でも……
この胸の痛みだけがおまえの心を癒すのなら、悦んでオレはこの心臓を抉り出すから。



アンビヴァレンス(ambivalence)
両面価値的であること。同一の対象に対して相反する感情を同時にまたは交替的に抱くこと。


挿入音楽 G.Pergolesi 『悲しむ母マリア』(一部編曲)
ambivalenceは「二律背反」だとどこかの本で見たことがあるのだけれど
調べてみると「二律背反」はantinomieらしいです。
どう違うのだろう。
さて、ED後にクラウドとセフィロスをくっつけようとするためには
セフィロスの犯した「罪」をクラウドは許せるのか、という問題は
必ず通らなければならない関門になるように思いますが
わたしはらぶらぶしている方が好きなのでとかく無視しがちです。
なのでたまには問題を直視してみようという勢いで書きました。
そしてどんなに酷い行為でも、その根底には愛があることを信じて疑わないのです。
サン・ピエトロのピエタに深く感銘を受けつつ。

背景に使ったラテン語は、わたしの好きな歌詞を繋ぎ合わせてひとつの歌にしたものです。
「kyrie eleison(主よ憐れみ給え)Christe eleison(キリストよ憐れみ給え)」
この2つは聖歌では必ずといっていいほど出てくる歌詞です。単純ゆえに実に美しい言葉。
「miserere,miserere nobis(憐れみ給え、罪人なるわれらのために)」
罪人なるわれらを、はやや大げさな訳ですが、キリスト教の底辺に流れる観念だと思います。
「nunc, et in hora mortis nostrae(今も、われらの死の時も)」
これはAve Mariaより。mortisという言葉の美しさに惹かれ。

Galleryに戻る?