Come Away, Death




簡単だった……
本当は、そう、簡単だったんだ……
生白い肌に銀糸を垂らし、双眸に翠の彩り。そしてやや細身ながら筋肉質の体躯。 セフィロスは、その場に唐突と現れた。いつから、どこから、ではなく、ただそこに、居た。 セフィロスの立つそこは星の最深部。此処には先ほどから所在無げに6枚の羽を揺らめかせている、巨大なモノがある。 …セフィロスと同じ顔をした、片翼の天使。
星の胎内にはセフィロスとその片翼の天使しかいない。 いや、いなく……なってしまった。セフィロスは表情無く 片翼の天使を一瞥すると、天使はすり寄ってくるように降りてきた。その存外柔らかい藤色の羽に 白い手を伸ばしてふれると、セフィロスはそっと呟いた。
「おまえはもう、いらない……」
自分の細胞といろんな細胞がこねくり回されてできたモノに、最後の手向けの言葉を。 セフィロスの一言が合図だったように、片翼の天使の6枚羽の先端から、 さらさらと砂が落ちるように崩れていった。
さらさら、さらさら、さらさら……
崩壊は羽から腰、上半身、瞬く間に頭部にまで広がっていく。 星を救おうとする者たちがいかなる攻撃を加えようと息絶えなかった天使が、 セフィロスの一言で脆く崩れ去っていく。それを無感動な瞳で見とどけて、 ゆっくりとセフィロスは周りにこうべを巡らせた。

星の胎内には、もう何もない。
セフィロス以外、誰も居ない。

「……簡単だっただろう?」
セフィロスの声、誰に語りかける声なのだろう、それはわからないが、 透きとおった声、何の色もない声が星の胎内に反響した。
「わかってた。超新星爆発を立て続けに起こせば、誰、も、太刀打ちできない」
「それだけじゃない……コピーを遣って背後からつらぬけば、いつでも殺せた。……あの古代種のように」
「本当は、簡単だったんだ……おまえを殺すなんて」
ならばなぜ此処まで来させたのか? …もはや問う者はいないが、それはセフィロスにとっては何よりも愚問だった。
「私はただ クラウドに……」
言いかけて、首を左右に振った。
「……なあクラウド。あの片翼の天使の姿を見てから、おまえ、一度も攻撃できなかっただろう?」
セフィロスの顔をした片翼の天使を見て、クラウドは戦意を喪失した。
「私の気も知らないで」
亡骸すら残らなかった。腕に抱く身体すら。
「私が本気を出したら、おまえは私を殺してくれると思った」
しかしクラウドは、最後の最後で、拒否した。セフィロスを倒すことを……
「馬鹿みたいだ。ちらと期待した私が」
「酷いクラウド。……優しいクラウド」
何かに怯えるようにセフィロスは慌ててかぶりを振る。
「違う、違う……クラウドに殺されたかった?」
殺されたかった?……ああそうさ、当然だ……既に賽は投げられた。 動き始めた歯車はもう止められなかった。 この呪われた魂。すべてを憎み、星を破壊しようとする衝動に自分は逆らえなかった。 星を壊そうとする者と、星を救おうとする者は、 決して溶け合うことの許されない宿命だった ――どれほど過去の思い出をいとおしんでも。 自分にはもう、クラウドを抱きしめることも、想いを伝えることも出来ない……
「おまえに触れられないのなら、死んだほうがマシだった!おまえに殺される以上の幸福なんてなかったんだ」
「なのに……おまえは肉片のひとかけらも、 墓標すら残してくれなかった。私が泣くための墓すら……」

La , O ere

そのとき……だった。何かが聞こえた。セフィロスの記憶の彼方から、光が差すような歌声。
それは刻の彼方から聞こえる、遥か過去の旋律……

Lay me,O,where
Sad true lover never find my grave,
To weep there.

「私を横たえておくれ、おお、哀しき誠の恋人が決して見出すことのない我が墓に、 そこでおまえが泣くつもりだった墓に……」

それは無垢な恋心を伝える歌だった。それは道化の歌だった。 昔、セフィロスが昔ちらと聞いた歌。いつ何処で聞いたのかも覚えていない古い歌。 飾り気のない純愛の歌、それを道化が歌うのかと、 失笑したのを覚えている…… とはいえ細微な歌詞など記憶になど残っている筈がない。 なのにセフィロスの口からは歌の言葉が小川の清流のように流れていく。

Come away,come away,death,
And in sad cypress let me be laid;

「来たれ、来たれ、死よ。そして哀しき糸杉の中に私を横たえておくれ」

Fly away,fly away,breath;
I am slain by a fair cruel maid.

「飛び逝け、飛び逝け、息よ、私は美しくも非情な女に殺されたのだ」

そう……私はクラウドに殺されたかった。だからクラウドをずっと殺さずにここまで来させて。 私は、世界への憎悪に囚われた引き換えに、半身とも呼べる大切なものと引き裂かれた。 身を裂かれる激痛に喘ぎながら必死で手を伸ばしても、もう絶対に戻らなくて……
飢えて渇いて死にそうだった。お願いだからクラウドをくださいクラウドをクラウドをクラウドを 無いと死んでしまう寂しくて恋しくて 本当に死んでしまうお願いクラウドをこの手にかえして!!
「殺して…欲しかったから……?」
………本当は、本当はただ
最期にひと目、会いたかっただけ、なのかもしれない……
「……もう離れてるの、…疲れた……」
そして道化は、最後の一節を歌う。

My part of death,no one so true
Did share it.

「いまや死の世界の私、誰にも分かつことは出来ない」

「誰にも分かつことは出来ない」

「誰にも……?」

半ば呆然と呟くように、最後の歌詞をよんだ。
セフィロスはもう一度ゆっくり視線を周りに巡らせる。辺りには星の光がいたるところに滲んでいる。 セフィロスはそのまま碧色の光に導かれるように、ゆらゆらと歩き始めた。 やがてライフストリームの流れ、その奔流を見つけ出した。 一見して美しい大河のようで、しかしそれは常人には近づくことすら出来ない激流。
セフィロスのすぐ傍を星の命が流れ、柔らかい光を溢れさせている。 セフィロスはゆっくりとその流れに手を伸ばした。
「……っ」
懐かしいその感じに一瞬だけ驚いて、目を見開く。そして確信を得た。
「…おまえがいる……」
……あの子の匂いがする。
「…やっと、わかった気がする……クラウド」
やや呆然として、その真理を呟いた。瞳は目の前の光を映して。
「オレたちを分かつものはない」
もう何も怖がらなくていい。苦しまなくていい。確信を持ってセフィロスは言う。
「死すら、オレたちを分かつことは出来ない」
魂が強く引き合っているのがわかる。かけがえのない半身……
「ああ…今そっちに行くよ。そうしたら、もう一度だけでいいから、……おまえに……触れても、いい?」
するとセフィロスの言葉に答えるように、ひとすじのライフストリームが揺らめいた。 やがてそれは人の左右の腕の形をとり、ゆっくりとセフィロスに差し伸べてきた。
両腕を伸ばして、受け入れようとするように。

「―――」

セフィロスは少しだけ呆然としたように立ちすくんだ。 そして己が赦されたのだと判ると、幼い子が泣きわめく寸前のようにくしゃっと表情を崩して、 思いきり抱きすがるようにその腕の中に飛び込んだ。



セフィロスの身体は生命の光へ溶け
あとにはライフストリームの流れがとうとうと残るだけ



封じるものを失ったホーリーは解放され
巨大隕石との激突を臨む
それを見届ける者は、此処にはもう、いない。
























「おかえり…セフィ…今はただ、俺の腕の中で」




















「旦那…おつかれさん。もう離れなくていいんだぜ」




















「ふふっ、長い痴話喧嘩は終わったみたいね?」











参考:シェイクスピア「十二夜」劇中歌「Come Away,Death」

この詩の新しい和訳を見つけたことが、
本来ならば失敗作で終わるはずの
このお話を書き直すきっかけになりました。
とはいっても、まだこれも途中経過に過ぎないのですが…
あ、上のテーブル(イラスト)はスクロールできます。(気づかれないっぽい。)



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